東人の新居浜生活/近郊の観光地新居浜市内鉱山鉄道鉱山鉄道跡(本線:星越〜滝の宮)


鉱山鉄道跡

(本線:星越〜滝の宮)


惣開    西原  新居浜駅
 ↑     ↑   ↑
  ← 星越 →→本線端出場  

 新居浜市内の鉱山鉄道の通っていた跡は舗装されて遊歩道となっている。
 遊歩道は、星越の工場の端から始まり、滝の宮公園の脇を抜けて、道路を越えて南海屋支店の横に入りJR予讃線の下まで続く。
 さらに、国道11号を越えて、瑞応寺の前、内宮神社境内を抜けて、マイントピア別子のある端出場に繋がっている。

 
 星越駅
 
 慈眼寺墓地付近の遊歩道
 
 慈眼寺墓地付近で遊歩道は2本に分かれる。左側を行くと新居浜駅の方に続く。
 
 

 
滝の宮切りぬきタヌキ

 別子銅山の鉱石を鉄道で端出場から惣開まで運ぶため、滝神社(滝の宮町)の山の一部を切り開いて鉄路が作られた。
 明治25年(1892)から、ドイツ・ミュンヘン・クラウス製の列車が、昭和25年(1950)まで走っていた。鉄路に沿って鉱水路が設けられ、歩道として利用していた。
 ここを、滝の宮切りぬきといって、人通りの少ないさびしい場所であったが、新居浜から上部の中萩・角野へは最短の近道で、浜の魚屋も利用して、滝神社の一の鳥居前の老松(樹齢250年くらい)の元で休むことが多かった。
 魚屋のおたたさんは、いばち(たらい)に魚を入れ、頭に戴いて商いにでる。ここのタヌキは、魚が大好物で、魚をねらって昼間から人をよく化かした。
 ある日、おたたさんたちは、いばちを置いて小用に行きもどって見ると、いばちの魚が全部とられていた。
 魚の売り残りがある日には、通りすがりの人に化けて「もしもしおたたさん、残りの魚をわたしにみんな売ってくれんかのうし。」と、声をかけて近づき、「もう籠払いじゃ安うしとこわい。」と、魚を渡す。「はいお銭を。」と、受け取り帰ってみると、財布の中は小石と柴の葉っぱであった。
 こんどこそ化かされるものかと用心していても、やっぱり化かされたという。
 
 また、切りぬきを南へ行くと、馬淵へでる。当時の農家は、牛馬を飼育し、博労が牛馬の仲介をしていた。馬淵は深い藪や林が続き、昼間でも追いはぎが出そうなところである。ある秋の夕暮れに、一人の博労が馬淵へ出向き、時雨にあって、農家の軒下で雨宿りをした。ちょうど前に牛小屋がある。商いになるウシかもしれんと、牛小屋の腰板にある節穴から、目を皿にして、覗きこんだ。「これはええウシじゃ、ええ商いになるぞ。」と、つぶやいた。
 「おいはん、あんた、何しよるんで。」と、肩を叩かれた博労、吾に返ってみると、牛小屋と思ったのは、野ぜんち小屋の囲いの中に頭を突っこんで、ぶつぶつと独り言をいっていた。
 
新居浜のむかしばなし
(平成元年2月「新居浜のむかしばなし」編集委員会編 新居浜市教育委員会 発行)より
 
 御茶屋 観音堂
 
 五輪塔群
 
 滝の宮公園
 
 
 滝の宮公園の横の切り通し
 
 
 
 
 滝神社
 
 
 この先の東川には滝の宮歩道橋が架かっていたが、2004年9月29日の台風21号による水害で、滝の宮歩道橋は破壊されてしまった。
 
 2005年の5月に新居浜を訪問した時に確認したが、復旧工事中であった。
 坑水の排水ラインと水道管は先に復旧されていたが、人の通行できる橋はまだできていなかった。
 
 2005年9月末に訪問した時も工事中であったが、形が出来上がっていた。

 
 
鉱山鉄道跡(本線:滝の宮〜国道11号)に続く↓


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