タイトル | : Re^8: |
投稿日 | : 2008/02/10(Sun) 00:19 |
投稿者 | : うんむらふま <ummu_rahmah@infoseek.jp> |
アッサラームアライクム
横から失礼致します。
少しお話させてください。
> 我々ムスリムは、不信仰者の方々から見てどんなに不幸や災難に見舞われているかのように見えてもそれは現世における一時的なものであり、忍耐すれば神が来世での報奨をその分、いや何倍にも増やしてくれることを知っています。そのためさほど苦にはなりませんし、なにが本当の幸せかも知っています。
仰る通りだと思います。
> 逆に、無神論者や多神教徒、彼らと同じような生き方をしていた”ムスリム”が、この現世でどんなに楽しい生活を送っているように見えたとしても、その束の間の享楽が終われば、神に背いたため未来永劫業火の中で生も死もなく暮らすことも知っています。
彼らと同じような生き方をしていた”ムスリム”が、……
につきましては、それは”ムスリム”とは言わないのではないでしょうか?”不信仰者(カーフィル)””偽善者(ムナーフィク)”は現世でも処罰されるのではないでしょうか?
> 単なる試練の場であるこの物質的で一時的な現世よりも、すぐにやって来る死とその後の永久に続く世界を常に見据えているべきではないでしょうか。
現世は単なる試練の場と言うよりは、むしろ神の栄光を賛美するべき場ではないでしょうか?
小さなことにでも神の祝福を感じ、感謝の念を抱くことが私達のすべき行いであり、それが善行につながるのではないかと…私は思います。
食べられないこと、赦されないことに心迷うのではなく、食べられることに、赦されていることに喜びを見いだしたいと思います。
老婆心ながら、余計なことを申し上げたかもしれません。
失礼がありましたら、お許しください。