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別子銅山記念館

  別子銅山の歴史を後世に伝えるために昭和50年にオープンした記念館。別子銅山の開坑以来の歴史や技術に関する資料が展示されている。
 外には、鉱山鉄道で使用されていた機関車などが展示されている。
 この記念館では、別子銅山が開坑された五月にちなみ多数のサツキが植えられている。 記念館の屋根に10,000本、周囲には3,000本のサツキが植えられ、サツキの名所となっている。


 
 別子銅山記念館の建物は、平成9年に日本建築家協会四国支部が選定した「四国の優れた建築88カ所」に選ばれている。
 
 入り口付近の事務所前には、建築巡礼四国八十八ヶ所 第六十四番建築札所 のスタンプが置かれている。


正岡子規の歌碑
 
 武蔵野に
 秋風吹けば故郷に
 新居の郡の
 いもをして憶ふ
 
 正岡子規が、東京根岸の里で当地より送られてきた田芋(里芋)の美味を愛で故郷を偲んで詠んだもので、柳原極堂がこの歌を深く愛して揮毫した。
 子規60年忌を記念し、本田三嶺子らが極堂揮毫の書をそのまま碑面に彫し、昭和36年9月歌碑を建立した。


別子銅山記念館

 開館時間 9:00〜16:00
 休館日  毎週月曜日・国民の祝日(祝日が日曜と重なる場合は開館)
      年末・年始(12月29日〜1月3日間)
 入館料  無料

 TEL 0897-41-2200 FAX 0897-41-9459

 別子銅山記念館の入口ロビーには、大山積神社に奉納された大�ノが展示されている。
 
 その解説板より
 

 大�ノ

 古式により 毎年元旦に銅山守護神である大山積神社に奉献された大いなる鉱石
 (昭和48年度に奉献した最後のもので、鉱石の重さは約300キログラムある)
 
 別子銅山大�ノの歌

 いまの旦那さんよ末代御座りゃ
 �ノにゃ歩くが増す人が増す
 
 飲めよ大黒歌えよ戎子
 間で酌取れ福の神
 
 明けて目出度い始まる歳は
 金場大�ノ富士の山
 
 歳の初めに始まる月は
 �ノの買いぞめ蔵開き
 
 旦那さんの盃山留めるじゅうへ
 貰て戴く大�ノの繪

大�ノ歌の由来    別子山村郷土誌より(明治45年記)
 
 当鉱山に「�ノ祭」と称する古式あり 新年一日 坑夫等は大なる鉱石を曳きて山神社に至り
 この鉱石は四日に至り (製錬課所属の鎔鉱夫等によりて引き取らる)
 その小片を飾藁に包みて 坑夫頭之を携えて鉱業所(式場)に至り 鉱山主代理者たる支配人に呈す
  
 この歌はこの式場に於いてのみ歌はるるものにして 一人音頭をとなへ 坑夫頭の全員之に和す
 歌詞は百年以上の昔に於いて作られたりと聞けども 作者起源等詳ならず 
 節廻しは もと大阪に於いて 天神社建築用材をひくとき歌はれたる キヤリブシの伝はりたるなりとの説あり
 

 
 
 
  泉屋コーナー 近世初期に銅山師・銅商として台頭した泉屋(住友)の歴史を、江戸時代の絵図、古文書や、明治年代の古文書、図巻、器物、諸記念品等で紹介しています。

棹銅、丁銅、丸銅
 江戸時代、銅山の荒銅(粗銅)を大阪の銅吹所(精錬所)で精銅にし、長崎貿易用と、国内販売用のものをつくりました。

棹銅
 貿易用で御用銅ともいいました。

丁銅・丸銅
 国内販売用で地売銅とも呼ばれました。
  歴史コーナー 元禄3年大露頭発見、翌4年開坑より閉山までの別子銅山経営の推移を、古文書、絵図、図禄図表、器物模型等で、特に明治以降は写真類を豊富に使用して紹介しています。
 また室の中央に大露頭、筏津鉱床鉱脈全巾鉱石や別子銅山坑道模型、住友グループ各社発展略図、明治中期の別子銅山模型があります。
  地質・鉱床コーナー 別子銅山や周辺の地質・鉱床のあらまし、計測機材、鉱石標本等を紹介しています。
  生活風俗コーナー 江戸末期より昭和年代に至る、山内作業・風俗や坑内用諸道具類、諸行事、服装、諸施設等を紹介しています。
銅山札
山銀札
 金額を表示した別子銅山山内限り通用の紙製金券で、明治2年(1869)〜同6年(1873)まで使われました。

歩役札
 紙幣に類似のため廃止となった山銀札の代わりに、労働量を表示した木製金券で、明治6年(1873)〜同9年(1876)まで使われました。
  技術コーナー 採鉱法・支柱法・大立坑模型や、明治より昭和に至る照明器具、採鉱用小道具、鉄道用品、鉱山救護隊用品、さく岩機他を紹介しています。
照明器具
螺灯
 明治28年(1895)頃まで使用、栄螺の殻に鯨油を入れ、灯芯に点火して坑内作業の明かりとしました。

鉄製種油灯・ブリキ製種油灯
  明治28年(1895)〜大正2年(1913)まで使われました。



別子銅山の歌                   
 
 
 み祖より継ぎ来てここに二百八十年
 いま閉山の悲しきに逢ふ
 
 菩提寺に礼拝恭敬浄まりし
 身もて入りゆく別子の山に
 
 含銅量豊かなりにし此のあたり
 鴨嘴の音ひびくかと思う
 
 最下底三十二番レベルの灯 
 遙かの底に見えずなりたり
 
 鉱石を負ひこの山阪を歩めりし
 負夫を偲び今日の山ゆく
 
 音もなく薄れたつ坑口に
 園居して聞く大�ノの唄
 
 相抱き喜びしとふ歓喜坑道 
 羊歯青きさへ懐かしきもの
 
 峯越しの路の曲がりに目のあたり
 露頭の焼けの赤き層みゆ
 
 移し植えし落葉松ここに黄葉して
 かく美はしき樹林と成りぬ
 
 峯の方より雨ぐも隠れゆく山を
 一たび仰ぎさびしむ吾れは
 
 この銅山を神として仰ぎ幾代かも
 掘りつぎて来しことの畏こさ
 
 この山に幾代を承けて蒙りし
 恩を思えば假初ならず
 
 新しき工場は成りぬ 煙さへ
 見えぬ清しきユニットとして
 
 
 昭和四十七年十二月
      住友吉左衛門 友成 記
 

屋外展示場

【関連URL】
 
日本の金属鉱山
新居浜物語(新居浜市のホームページ)



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