東人の新居浜生活/近郊の観光地新居浜市内滝の宮公園句碑


滝の宮公園の句碑


 滝の宮公園の句碑について、写真を入れました。
ここで、困ったことに、いつも見ているのに読めない字がありました。
このことについて、柳原極堂句碑紀行のホームページの二神 將さんから情報をいただき、改訂し、さらに見落としていた句碑も追加しました。

 図書館にて、「句碑歴史探訪案内 その一 滝の宮周辺」(新居浜市高齢者生きがい創造学園 句碑歌碑調査サークル 平成六年十月一日発行)を見つけた。
 ここには、滝の宮公園とその周辺の句碑の全てが網羅されていた。
 

村尾冬楊子句碑 わが故郷に戦国城址夏の草   
石村王禅句碑 各々や月に重ぬる小盃   
広沢紅坡句碑 一山の嵐の中に蝉生る   
中川青野子句碑 霧流る山ふところの花あかり   
坂上史琅句碑 花篝火気厳禁の城に焚く 【更新】(99/09/28)
野竹雨城句碑 いわし雲立志の旅に似し日なり   
名本勝山句碑 一声の山ほととぎす元宅忌   
伏見東天紅句碑 石投げ亭そにに音あり春の水   
前田伍健川柳碑 ここの景小鳥も水も木も語り   
柳原極堂句碑 いつまでも忘れじ秋のこの旅を   
無針句碑 枯針に我爪共に供養塔 【更新】(99/09/21)
山本古瓢句碑 泉鳴里禅林の斉奉じ享く   
高橋紋々川柳碑 ふるさとの空気は旨いものと知る 【更新】(99/09/23)
金子片水句碑 天正の矢叫びを啼け時鳥 【更新】(99/09/28)
松尾芭蕉句碑 名月にふもとの霧や田のくもり 【新着】(2003/02/19)
秋山みさ子句碑 泉湧く元宅ゆかりの御茶屋谷   
一茶句碑 帳閉る加勢もせずに旅寝とは   
加藤光雄墓碑句碑 春あさくにい墓きずく征きし子の 現地確認予定
柳原極堂句碑 老いの春晴れがましくも九一 【更新】(99/10/07)
一茶・騎龍句碑 帳閉る加勢もせずに旅寝とは         
雉子鳴くやわか菜に行し縄手道
【新着】(2003/03/05)
 

村尾冬楊子句碑

 
 
わが故郷に戦国城址夏の草        
冬揚子(村尾冬楊子「雪解」同人)
     

【裏】昭和61年五月吉日   雪解同人
   村尾福乗翁句碑 草の実句会 金栄句会 建立
   選句者 雪解主宰 皆吉爽雨先生
【場所】公園駐車場入口  

 この句碑は、俳誌「雪解」の同人で郷土出身の村尾冬楊子が、天正の陣で毛利の小早川隆景の軍と死力を尽くして戦った末、壮絶な最期を遂げた金子備後守元宅の城跡を詠んだものです。
 400年の歳月は、兵どもが華々しく闘った跡を夢の如くに消し去り、今はただぼうぼうと夏草が風にそよぐばかりとなっている・・・。酷熱の中にそよぐ夏草に、戦国の世に散った悲運の武将を偲んだ情豊かな作品です。

【新居浜市広報1998年8月号より】

石村王禅句碑

 


各々や月に重ぬる小盃         
傘寿王禅(石村王禅「ホトトギス」同人)
      

【裏】ホトトギス同人 石村玉禅之句碑
   昭和五十五年六月 新居浜ホトトギス会建立

【場所】公園駐車場入口

 

広沢紅坡句碑

 

一山の嵐の中に蝉生る        
紅坡(広沢紅坡)
     

【裏】ホトトギス同人 石村玉禅之句碑
   昭和五十五年六月 新居浜ホトトギス会建立

【場所】公園入口お堂前

 この句は、嵐の日の庭先で、蝉が地穴から這い出して、銀杏の幹にかきのぼり、殻を破って生まれ出るその情景に感動してうたった句です。
 作者の広沢紅坡は、ホトトギス派の長谷川かな女に師事した俳人で、昭和34年から40年まで新居浜に居住。俳誌「墨袖」を発行するなどして、地元の俳人らと交流を深めました。

【新居浜市広報1998年7月号より】

 

中川青野子句碑

 

霧流る山ふところの花あかり 
青野子(中川青野子「灯」主宰)


【裏】灯主宰 中川青野子先生句碑
   昭和六十年十一月吉日 灯俳句会建立 
【場所】公園南 日本庭園の中

 

坂上史琅句碑

 

花篝火気厳禁の城に焚く
史琅

【裏】坂上史琅本名頼正
   昭和三年三月新居浜市中村に生る
   山口誓子に師事
   昭和五十九年度天狼賞受賞
   天狼・七曜・天伯・同人
   平成八年十一月吉日之建


【場所】公園南 日本庭園の中

 今、流行の電灯の雪洞よりも、横山大観の代表作の花篝の絵のように、篝火を焚いてみる夜桜は情趣に富んでこの上もない美しさだ。
 金子山には天正の昔、金子備後守元宅の城(砦)があった関係から、その時代までタイムスリップして夜桜に花篝を焚かせてみた。ぱちぱちと爆けて燃える花篝に、平常は火気を許さぬ城も、夜桜だけには篝火を許す風雅さを日本人は持っているからだ。(解説文:坂上史琅)
 作者の坂上史琅は昭和3年中村に生まれ、山口誓子、堀内薫、橋本美代子に師事、現在、俳誌「七曜」と「天伯」の同人で、市内各所で俳句の指導に当たっておられます。


【新居浜市広報1999年4月号より】

 

野竹雨城句碑

 

いわし雲立志の旅に似し日なり
雨城 (野竹雨城「故郷」主宰)


【裏】故郷主宰 野竹雨城句碑建設委員会
   本名 一男 全国俳人協会評議員

【場所】公園南 梅林の中

 この句は、天高く延々と続くいわし雲を眺めていると、大志を抱いて旅立った若き日の空を思い出し、「歳月人を待たず。早くも幾星霜」といった心境で、過ぎ去った年月の早さを感慨深く詠んだ秀作です。
 作者の野竹雨城(本名一男)は、明治40年東京本郷に生まれ、昭和4年「ぬかご」に入門。昭和28年「故郷」を創刊主宰。NHK放送俳句選者、茨城県俳句協会長を歴任し、平成4年逝去されました。 

【新居浜市広報1998年10月号より】

 

名本勝山句碑

 

一声の山ほととぎす元宅忌   
勝山(名本勝山「故郷」同人)


【裏】昭和六十二年十月吉日 名本勝山句碑
   故郷同人俳句協会員 故郷愛媛支部建立

【場所】公園南 梅林の中

 

滝の宮公園

新居浜市内