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Ky-1239

実験作品         Pentatonic Scale in Non-Equal Temperament

村山先生、お早う御座います。新緑の季節も早や梅雨の時期に近づきつつあります。わが庭では樹齢80年余の桑の木に今年も実が一杯なりました。鳥達が食べに来る他に、その木の下にいる犬がお腹一杯に食べています。桑の実は甘酸っぱい美味しい味がします。実を集めて焼酎に入れて桑酒を昔は造っていました。さて、前回のレポートでは、10セント級の音感が新しい非平均律五音音階には不可欠であり、コンピューターの性能に人間の能力が付いて行けない時代が来ていると申し上げました。この問題はモーツァルトの時代のピッチと現代のそれとは約10Hzも差が生じていると同じ様に、100年から200年を要する歴史的な課題であるかも知れません。しかし、それを待っていては我が寿命も尽きてしまいますので、未来の課題であっても展望だけはしっかり持っていたいと念願しています。瀧遼一先生の中国音楽に関する詳細な研究報告は私達に極めて貴重な知識を与えてくれました。非平均律五音音階の時代が再び到来するであろう21世紀以降の東洋音楽の新しい歴史の息吹を感じています。周の時代に既に完成していた非平均律十二音律による音階は理論的には64種類もあり、後代に日本に伝わった時でもそれを踏襲していましたが、やがて12種類に絞られ、更に常用される音階は6種類に限られる様になりました。ですから今回の実験音階の研究でも理論的には音階の種類は幾らでも増やせます。しかし、常用されるべき音階はそれほど多くは必要ありませんので、初歩的に四種類を用意したことになります。その新しい実験音階を使って今年の2月11日に制作した実験作品NET-5050211について詳細な分析結果をご報告してこれからの進路の開拓に夢を繋げたいと思います。
非平均律五音音階は現在四種類の実験音階が用意されていて、名称は取りあえずU4、U3、U2、U1と呼んでいます。各構成音間の音程は前項で詳細に申し上げていますが、長調系と短調系に分かれます。そして、同じ長調系も短調系も大小の二系統に分かれます。実際には大長調系はU3、小長調系はU1、大短調系はU4、小短調系はU2という分類になります。ここで長調系と呼んでいる非平均律五音音階はEb-Db間Bb-Ab間の音程を広く設定している音階です。例えばEb-Db間はU3の場合は280セントであり、U1の場合は226セントなので前者を大長調系と呼び、後者を小長調系と呼んでいます。短調系の場合はEb-Db間及びBb-Ab間の音程を狭く設定している音階です。Eb-Db間はU4の場合は130セントであり、U2の場合は174セントでありますから、前者を大短調系と呼び、後者を小短調系と呼んでいます。実際にこれらの実験音階を採用して作曲・演奏して聴いてみると、大長調系は明るい印象を与えますし、小長調系は少し抑えた明るさを感じる音階であります。そして、大短調系は哀調を帯びた印象を与えますし、小短調系は少し抑えた哀調を感じさせます。1238頁のグラフ上ではU4、U2、U0、U1、U3の順位でほぼ直線状に並びます。因みにU0は平均律音階です。非平均律では転調は出来ませんので、曲想を変える時に音階を変えることを変調と呼んでいますが、U4とU3間の変調は聴いていて変化が分かり易いと言う事ができますが、U2とU1間の変調は少し分かり難いと言えなくもありません。実験作品NET-5050211では、敢えてU4、U3、U2、U1の順に同じ曲を四音階で再現していますので、じっくり何回も聴いて頂ければ、その音程差を感得して頂ける様になられると思います。
ここで四音階の特長を一言で言えば次の様に分類することが出来ます。
U4 大短調系で哀調を帯びた表現に適している
U2 小短調系で少し抑えて哀調を帯びている
U3 大長調系で最も明るい印象を与える
U1 小長調系で少し抑えた明るさを感じさせます。


実験作品NET-5050211に収められた作品の一覧は以下の通りです。
Track1〜4 Violin U4 U3 U2 U1
Track5〜8 Koto U4 U3 U2 U1
Track9〜12 Piano U3 U4 U2 U1
Track13〜14 Piano Quartet U4 U1
Track15〜16 Organ U4 U1
Track17〜18 Flute U4 U1
Track19〜20 Trumpet U4 U1
Track21〜24 Violin U4 U3 U2 U1

変調の順番はU4、U3、U2、U1ですが、PianoだけはU3、U4、U2、U1の順番に変更されています。これは耳の訓練の為に一箇所だけ変化をつけてみました。本当は全てアット・ランダムに配置すれば良いのですが、現在は規則正しく再現しないと着いていけません。Track1〜4のViolin作品ですが、この曲だけ前回のCD版より新しくなっています。この曲は短いのですが、多くの実験要素を含んでいます。通奏低音と通奏高音を常用していますが、その音域は通常の音域の更に上と下に展開しています。チベットの声明音楽を聴いた衝撃がここに現れています。通奏重低音Basso gravis continuoと通奏超高音Suprasoprano continuoと呼ぶべき音域であります。そして非平均律五音音階は主として右手で演奏されていますが、左手は純正律系の七音音階で和声を担当しています。五音音階だけでは和声効果が単純になるので、和声の綺麗な純正律系の七音音階を採用しました。使用している和声は僅か2〜3音ですが、平均律系の音階では考えられない様な奥深い和声が奏でられています。最も簡素な構成で最も深い和声を表現することを目指しています。僅か3分58秒の短い曲ですが、交響曲を単一楽器で集約した様な響きを呈しています。テンポは緩急自在に変化しているだけでなく、小曲であるのに大河の流れを感じさせます。通奏超高音で天の響きを象徴していると同時に、通奏重低音では大地の響きを表現しています。中音域は人の領域でありますが、牧歌的な短い主題の少ない繰り返しによって、東洋的なイメージを表現することが出来ました。私自身もこの様な音楽を今までに聴いたことがありませんし、どの様にしてこの作品を作曲できたのかも分かりません。何も考えずに無心で作曲・演奏出来たのは奇跡としか言い様がありません。これまでの二十年間で初めて自らが目指す水準にある程度は到達出来たことになります。U4からU1までの四つの音階で再現していますが、それぞれ微妙に異なる趣きがあります。天地人の三層構造の組み立てで私の理想とする曲想を表現している作品であります。終末部が長いのは深い訳があります。中国の音楽も西欧の音楽もどちらかと言えば、対位法に代表される様な左右対称のシンメトリーを重んじますが、伝統的な日本の音楽はシンメトリーを嫌う傾向があります。これをノン・リニアリティの音楽と私が呼んでいる日本独自の音楽理論の根幹を為す特質であります。おたまじゃくしの尾の様に長いコーダで曲全体のバランスを調整しているとお考え下さい。ノン・リニアリティーの音楽は非線型の音楽と呼んで差し支えありません。この音楽はモーツァルトと雅楽とチベット声明の大きな影響下に於いて初めて生まれることが可能であります。この短い曲にこれらの三つの要素が表現されていることを聴き取って頂ければ我が喜びはこれに優るものはありません。2005年から始まった非平均律五音音階での新しい作品は、現在のところ平均律時代の一般の聴き手を失いましたが、それは生まれ出る苦しみと理解しています。我が存命中には現代人の共感を得られなくても百年後の人々に再発見して頂ければ作曲家の本命と考えます。長い音楽の歴史が証明している様に、古くて新しい音楽は何時かは再認識されると信じています。今回の新曲はこの作品だけですが、このCDに収録された他の全ての作品よりも遥かに重要な作品であります。U4からU1までの四つの音階による表現の差異を感得して頂ければ本当に嬉しく思います。10セント級の音感に限りなく接近しなければ聴き分けることが出来ないという前提条件がついていますが、21世紀の後半には音楽の歴史は再び微分音程の世界に突入するものと予想しています。我が存命中にその時代が訪れたら嬉しいですが、その可能性はまだ低いかも知れません。
箏の曲は非平均律五音音階だけで作曲されています。箏の華麗な旋律を強調するためには鍵盤による表現は難しいのですが、色々な工夫を凝らして実験しています。箏の特長の一つであるポルタメントが機種によっては可能ですがDTMではまだ十分には出来ません。U4音階による再現では唐の時代を彷彿させる声調が微かに聴こえて来ます。
実験音律学とも言うべき研究方法で開発された非平均律五音音階ですが、当時の音の正確な再現は不可能なので、自然科学の研究方法である仮説と実験により証明するという方法論で開拓して来ました。この箏の実験作品では四つの音階による表現の変化が比較的分かり易いと考えられます。DTMの発達と共に更に精緻な表現が可能になればと期待しているところです。映画「三国演義」で諸葛孔明が筝を弾いているのを拝見しました。また周喩は筝と琴を同時に演奏していました。古来中国では筝は文人の基本的な教養の一つとして重要視されて来たことがよく理解出来ます。それも作曲・演奏を同時に行う即興曲である事が最も重要でありますし、筝の単独演奏である事も見落としてはなりません。ここに東洋音楽の源流があると考えられます。それはまた世界共通の源流でもあります。楽譜に記録してそれに拘り過ぎる近代の音楽よりも遥かに自由度が高く音楽本来の在り方を現代に伝えています。誰でも即興で音楽を作曲・演奏出来る時代はもう再現できないかも知れませんが、職業作曲家の作品を職業演奏家が演奏するのをお金を払って聞きに行くという時代が音楽本来の姿ではないことを示唆していると思うのです。音は自然界の要素の一つでありますから、音楽も自然と融合して一体となることが究極の目的となります。絶え間なく変化する自然の風が心地よい様に、聴いていて自然の一部に成りきれる音楽を作りたいですね。音楽は人類だけでなく鳥獣にも感じてもらえると思います。モーツァルトを聴くと乳牛のお乳の出方が良くなるとも聞いています。モーツァルトの音楽はそれほど自然に融け合うことが出来る水準にあることを証明しているのではないでしょうか。
次のピアノ曲は非平均律十二音音階で作曲されています。ピアノと言えば平均律音階の普及に最大の貢献をした楽器ですから、非平均律音階に用いるのは躊躇しました。しかし、DTMではピアノモードであっても非平均律音階に設定することは容易であります。今回は敢えてピアノモードも採用した訳でありますが、実際の作品を聴いてみると特に違和感はありません。平均律しか知らないピアニストがお聞きになれば音程がずれていると感じられるでしょう。ピアノという楽器の功罪を乗り越えて、非平均律音階の時代になってもピアノを活用して頂きたいという私の個人的な願いも込められています。21世紀以降のピアノは伝統楽器のままの状態では有り得ないし、
DTMの機能を付加したピアノが世界に普及するものと予測しているからであります。このピアノ曲だけ音階の順番を変更しています。U3、U4、U2、U1と変調して行きますが、その変化を感じて頂けたでしょうか。実際には右手で非平均律五音音階を担当し、左手では純正律系七音音階を採用している複合音階で作曲・演奏されています。ピアノの音は減衰しますので、ヴァイオリンの音より聴き分け難いかも知れません。上行する旋律の時には各音階の差異が最もよく現れますので四つの音階を聴き分けて頂ければ嬉しく思います。このピアノ曲に於いても通奏低音と通奏高音は取り入れられています。平均律の時代では楽器の王様であったピアノも非平均律の時代になればヴァイオリンが再び楽器の王様に返り咲くものと予測しています。伝統的な鍵盤楽器では非平均律の再現は困難であり、ヴァイオリンの様な弦楽器なら10セント級の聴覚さえ発達すれば非平均律の構築は可能であります。また、このピアノ曲ではテンポの変化も大きく、リズムも可変的でありジャズの様にスウィングしたり、また間延びしたりと多様な表現を実験しています。瞬間的に超高音に移行する処がありますが、「魔笛」の「夜の女王のアリア」にヒントを得て作曲したものであります。歌うことは如何にも困難ですが、歌えなくても伴奏にはコロラトゥーラの最高音を散りばめても良いと考えているからであります。短い曲ですが、ピアノの表現方法の限界に挑戦する実験作品であります。
次に収録されている四組の曲は、所謂
繋ぎの音楽であります。リエゾン音楽と私が呼んでいるもので、アリアと重唱や合唱、Dialogや台詞の間を繋いで行く音楽のことであります。短い曲ではありますが、作曲する立場からは最も難しいと言えるでしょう。目立たないように且つ邪魔にならないようにオペラの物語を進行させて行く為には極めて重要な役割を果たします。音楽を全く鳴らさないで無音で繋ぐという究極の手法も有り得ます。通奏低音や通奏高音を駆使しながら即興的に繋いで行くことも必要になります。まずピアノと太鼓とフルートで作曲されているのは即興的な三重奏ですが、ある場面の繋ぎに使いたいと考えています。四組の音楽ともU4とU1で再現されています。次はオルガンでの独奏です。更にフルートとトランペットが続きます。この様に一分そこそこの短い曲ですが、オペラの中の繋ぎの音楽として極めて重要であり、オペラ全体の評価を決めると言ってもよい程に重要な音楽であります。このことはオペラを作曲しようとして初めて遭遇した課題であります。モーツァルトがこの繋ぎの音楽では簡潔にして決定的な効果を見事に演出しているとR.シュトラウスが感嘆していたことは既にご報告致しました。ソリストが舞台上でアリアや重唱の間に短い曲ですが、印象的に奏でればオペラ作品の水準が上がります。また、アリアの代りにソリストが単独の楽器で演奏することも企画してみたいと考えています。但し、アリアと重唱などで形成するオペラの流れを乱さないようにしなければなりません。このように見て来ると繋ぎの音楽の重要性と難しさが認識されて参りますね。
フィナーレの部分に収録されている曲は前回のと同じ曲でありますが、U4、U3、U2、U1の四つの実験音階で再現されています。このヴァイオリンモードの曲と冒頭の曲を比較して聴いて頂くとその差異の大きさにも気付いて頂けると存じます。最後の曲は叙情的な表現に終始していますが、冒頭の曲は天地の構造を意識した「
シルクロード瞑想曲」とでも言うべき気宇壮大な意図で作曲されています。それに対して最後の曲は京都の嵯峨野を意識して「京愁」と題する夜想曲であります。こちらの曲には近い将来何らかの歌詞を付けたいと考えています。冒頭の曲には歌詞は付きません。
これらの実験作品は、U4、U3、U2、U1の四つの音階の特長を聴き分けて頂く為に作曲された音楽ですから、お慣れになるまでは同じ旋律の繰り返しではないかと思われると存じます。しかし、聴き込んで参りますと四音階の表現の差異を少しづつ感じ取って頂けると思います。毎日ご多忙のところ誠に恐縮ですが同じ曲を四つの音階で再現した記録として繰り返してお聴き頂ければ大変嬉しく存じます。10セント級の音感は、所謂絶対音感か相対音感かという対比の問題ではありません。物理学的に10セントの音の差を感じ取れるかどうかという聴覚と感性の問題であり、大脳の側頭葉の
聴覚領域にある脳細胞群に新しい回路が生まれるかどうかという進化の問題なのであります。100セントの音程から10セントの微分音程へと21世紀の音楽は再び非平均律の時代へと向かっているのであります。私達はその夜明け前にいると考えられます。古くて新しい東洋の音楽の伝統が復活しつつありますね。

天と地の間に生くる人の世は、仰ぎて望み伏して祈らん!

With Mozart my teacher, go on expedition in the chaos named non-equal temperament !

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     1 Jun 2005

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