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マンプ


 東平では、トンネルのことをマンプと呼んでいた。
 
 坑道のことを昔は間符(まぶ)と呼んでいたが、マンプはこの間符から転化した名称と言われている。
 
 他の地方でもトンネルのことを、マンボ、マンボウ、マンポ、マンボリなどと呼ぶことがあるらしいが、別子銅山ではマンプと言っていた。
 
 
 2004年4月より、小マンプの中に鉄道車両等が展示されるようになった。
 
 住友金属鉱山兜ハ子事業所より新居浜市に寄贈されたもので、かご電車、2t蓄電車、坑木運搬台車、三角坑車、キブル、索道バケット、エアーホイスト、およびスラッシャーが展示されている。
 
  → 鉱山運搬機器展示場
東平歴史資料館近くの小マンプ
 
 
 小マンプの先にある中マンプの入口。
 今は閉鎖されている。
中マンプ出口 
 出口前の広場を抜けると第三通洞の入口につながる。
 
第三通洞(八番坑道準位)

 
 第三通洞は明治27年(1894)1月に着工し、同35年(1902)8月に八番坑道内の東延斜坑底まで1,818mが開通した。
 さらに明治41年(1908)9月坑底より日浦谷までに、延長2,020mの日浦通洞開削に着工し、同44年(1911)2月に完成した。これにより銅山越の北側(東平)と南側(日浦)がトンネルによって結ばれ坑内電車が通り始めたので、弟地・筏津・余慶・積善等の日浦以遠の銅山川沿岸の支山の開発が容易となり、鉱石はこのトンネルを経て東平に搬出されるようになった。
 一方この電車は一般にも公開されて、今日なお「籠電車」という愛称で語られている。 
 坑口の右の沢は寛永谷、左は柳谷で、沢の出合いは暗渠にして埋立てられている。
 
第三通洞入口
 ここには昔のレールの跡が残っていた。 
 


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