坑内から運び出された鉱石を貯める施設。大正8年(1919)完成。
端出場は、明治26?年(1893)の別子鉱山鉄道開通以来、物資運搬の中継基地として重要な位置を占めていた。大正4年(1915)、第四通洞(海抜156m)が貫通し、さらに、大立坑によって東平の第三通洞(海抜750m)と結ばれると、坑内運搬の大動脈が完成した。これにより端出場は、東平に続く採鉱拠点として整備が進められ、貯鉱庫、端出場仮手選鉱場、四通橋などが造られた。
貯鉱庫の上には、第四通洞からの軌道敷きが延び、鉱石運搬車が貯紘庫の上から鉱石を落として鉱石を貯める仕組みであった。また、貯鉱庫の前には、破砕場があり、貯鉱庫全面4箇所に設けられた横穴は、鉱石を破砕場へ移すためのものである。
昭和2年(1927)8月、端出場手選場が完成すると、それまで東平に運ばれていた鉱石は端出場に集められることとなり、さらに昭和5年(1930)5月、採鉱本部が東平から端出場に移ると、昭和48年(1973)3月31日の終掘まで採鉱の中心地となった。
はでばちょこうこあと
小学生用解説
別子銅山から運び出された鉱石をためた倉庫。1919年に完成し、1972年まで使われた。鉱石運搬車が貯鉱庫の上から鉱石を落としてためる仕組み。貯鉱庫の前には、鉱石をくだく破砕場へと続く横穴が四つある。
新居浜市
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