テンポの設計

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Ky-180

Tempo control of Drama Musica

音楽作品に限らずドラマにおいても物語進行のテンポは基本的に重要である。オペラの台本に至っては作曲者が作曲しやすい様に設計しなければならない。起承転結の構成と序破急のテンポの設定は物語の基礎構造である。テンポの指示は音楽用語による指示でなければならない。劇場のTPOによって物理的なテンポが異なるからである。温度により音波の伝導速度さえも変わる。従って数値表現は無意味で且つ無効である。クラシック音楽の第一楽章は概ね速いテンポで始まる。Allegroが普通である。第二楽章は遅くなる。Adagio,Andanteが多いがAndantinoやAdagiettoなどと細かい指示も出る。第三楽章は再び速くなる。PrestoやAllegroで終わることが多い。第二楽章がLarghettoの指示が出る曲には名曲が多い。Larghettoは我が理想とするテンポである。このテンポに導くまでの構成と設定が難しい。
テンポは短歌の様に極めて短い詩形式にも当てはまる。短くても緩急を付けたい。歌物語の制作ではその構成とテンポの設計によって決まってしまう。起承転結とテンポの設計は難しいが基本デザインが決まればあとはうまく行く。古今東西の名作を研究すればそのノーハウは見えて来る。オペラでは歌による文学的要素が加わるが音楽作品では音の世界だけの表現であるからテンポはなおさら決定的である。オペラの名演奏は数限りなくあるがその日その時のテンポは一回限りの表現であり、全く同じテンポの再現は有り得ない。演奏時間の比較に拘っている熱心なファンもいるがTPOが異なるので単純な比較は意味が無い。B.ワルターとK.ベームの師弟でもテンポは全く異なる。ベームは作品の楽譜全体を見てテンポを配分するのに対して師匠のワルターは歌い上げる時には楽譜を無視してもゆっくり歌わせる。その結果として演奏時間は長くなる。ベームは公務員的でワルターは民間人的と例えてもよい。戦後にワルターがウィーンに里帰りした時にベームは師匠に「ドン・ジョヴァンニ」の指揮を依頼したが、ワルターは体力が十分でないとの理由で「第九」に替えたという。どちらも「フィガロ」はお得意であるが全曲の指揮には全身全霊の力量を込めねばなるまい。「フィガロ」はそれほどテンポの設定が難しいオペラである。品格があり自然なメリハリを付け、歌うところは心行くまで歌わせる。早口のところは限界近くに早く喋らせる。モーツァルトはこの作品では40種類のテンポ指示を与えている。オペラではテンポが全てと言わんばかりである。
オペラに於けるテンポの設計は通常は序破急の原則によることが多い。始めはAdagioが多いのである。最初からPrestoなオペラは少ない。オペラの情景のつなぎに奏でられる音楽をリエゾンと呼んでいるが、概ね速くはない。速くもなく遅くもなくLarghetto位で推移するのが理想と考えている。「魔笛」ではそれに近い。しかし作曲者のモーツァルトの意図したテンポと現代で再現されるテンポとは勿論同じでは有り得ない。そこが指揮者の感性と解釈の分かれ目となる。音楽という時間の芸術の宿命であり深遠な問題を孕んでいる。作曲者の提示するテンポ配分も一つの解釈に過ぎない。指揮者の方が作品をより客観的に視ることが出来るとも言える。それ故に作曲者は自らの信念により書けばよいし、指揮者は自らの感性により演奏すればよい。どちらが最善ということはない。
音楽作品は最高の表現方法が幾つもあるという「時間の芸術」なのであるから。また、色々な解釈が出来る作品ほど優れているとも言える。指揮者の元祖はウェーバーであるが、現代では指揮者が居ないと作品の再現は不可能に近い。その様な歌物語を書きたいと願う者であるが前途は遼遠で余程の長生きをしなければ出来そうもない話ではある。

テンポこそ歌のいのちや時を超へ何時の世にても華を咲かせむ!

Tempo is life of opera to be flourished in any ages !

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3 Nov 2009

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