聴かざれば弾く能わず

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Ky-175

Not to perform without listening

村山先生、今晩は。お元気ですか。こちらは職業的超多忙のために音楽研究は交通渋滞に巻き込まれていますが、少しでも時間があれば古今の名曲は繰り返し聴き続けています。今日も友人の喫茶店で食事をしていましたらピアノのただならぬ演奏が聞こえていました。何回か聴いていたのですが誰の演奏か分りませんでしたのでマスターにCDジャケットを見せて貰いました。オイゲン・キケロというドイツのピアニストでした。クラシックの基本が出来てからジャズに転向された方で大の日本贔屓と聞いています。やはりクラシックの基礎がある演奏者は何を弾いても違いますね。バッハとモーツァルトは西欧音楽を築いた二大作曲家なので主要作品は全て何回でも聴き続ける必要があります。一言でいえばバッハが基礎工事をしてモーツァルトが壮麗な建物を完成させたということであります。その後はベートーベンに引き継がれてロマン派を経て現代に至っています。その現代がどうなっているかはご存知の通りでありますね。
ジャズでさえクラシックの基礎がなければ本当の演奏は出来ません。それはちょっとでも聴けば明らかであります。ジャズが得意とする即興演奏は元々クラシック音楽でもモーツァルトの時代までは演奏の基本要素の一つでありました。バッハも偉大な即興演奏の大家であることは誰でも知っています。即興演奏をしてから後で楽譜に記録することも多くありました。そしてバッハの時代の楽譜は演奏すべき全てを記載してはいません。対位法に基づくポリフォニーと通奏低音による即興的演奏が基本でした。通奏低音は単なる伴奏ではなく低音部において上声部のテーマを常に促す役割を果たしています。通奏低音は和声番号だけで表示したので数字つき低音とも呼ばれています。バッハは丁寧に楽譜を書き残したのでモーツァルトもあまり省略せずに書きましたが、クラシック音楽における古き良き即興演奏の伝統が復活することを私は念願しています。ジャズだけが即興演奏の専売ではありません。クラシック音楽のあらゆる演奏を聴くにつけてもその演奏者や指揮者がバッハやモーツァルトを聴き込んだ専門家であるかどうかは聞けばある程度は分るような気がします。バッハの果てしなく広く深い山脈か、またはモーツァルトの華麗に聳え立つ頂きであるか。それらを知る人の演奏は他とは違います。ショパンの中にもモーツァルトの再来を感じるのは事実であります。
どんなに才能に恵まれた演奏者でも最初から上手な訳ではありません。初歩から上級までそれぞれの段階で良き指導者に出会わなければ上達は有り得ません。ですから一人で幾ら練習しても上手にはなれません。自己流の練習はすればするほと下手になるだけです。若き才能にとっては良き指導者に出会えるかどうかが全てと言うても良いでしょう。演奏の基本は教えて貰わなければなりませんが、その後は聴き続けなければなりません。聴き続けることで
大脳の聴覚領域に新しい回路が形成されることが証明されています。無限の可能性を秘める大脳皮質の開拓は繰り返して刺激を与え続けることにより突然に新しい回路が完成して、今まで聴こえなかった音が聞こえるようになります。そうなって初めてその音を演奏する可能性が生まれるのであります。その回路が出来上がらない限りそれを表現出来ませんし、亦それを聴き分けることも出来ません。言葉は習わなければ聴いても分らないし発音することも出来ないのと同じ原理であります。モーツァルトの名曲の名演奏を繰り返し聴き続けることが出来れば、今まで聞こえなかった音とテンポの微妙な変化をある日突然に聴き分けられる様になります。モーツァルト先生なら一回聴くだけで十分でも我々凡人は少なくとも千回は聴く必要があります。聴き始めから100回位ですこし印象が変わって来ます。500回になると細部まで聞こえて来るようになり、量が質的転換を遂げます。更に1000回を越えると又新しい発見があるのです。1時間の演奏時間の曲を聴く場合には一日一回であれば三年を要しますね。こうして聴く基本が出来上がればその人の演奏は本質的な進歩を達成します。自分では分らないかも知れませんが聴く人が聞けば分ります。そこまで引き出してくれる指導者に巡り合わなければ絶対に上達は有り得ません。何度も引き合いに出しましたが、イチロー選手がその良い見本ですね。子どもの時はお父さん、高校の監督、プロに入ってからは河村・新井の両コーチとそして仰木監督との出会いが待っていました。ギターの村治香織さんの例もそうですね。聴くことはスポーツで言えば走ったり柔軟体操をする基本練習であります。聴くことなしには弾くことは出来ないことを改めて実感する今日この頃であります。聴き続けることは凡人には大変な努力と忍耐を要しますが、やはり何事も「ローマは一日にしてならず」ですね。

聴かずして弾くこと勿れ何人も師をも越ゆるは難きことなり!

Not to perform without listening though no pupil can go over his master !

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5 May 2009

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