伊勢物語

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Ky-168

Ise Song Story

「昔男ありけり〜」で始まる僅か125段の歌物語はその後の日本文学に与えた影響は巨大であると言わなければならない。何故なら、あの「源氏物語」の原型であるからである。「若紫」は「伊勢物語」の第1段の写しと拡大であることは明白である。主人公は在原の業平であるらしいという思わせ振りはあるが、何処にもそれは書かれていない。「源氏物語」だけでなく、平安時代から現代までもその影響力に翳りはないであろう。僅かに数行の段もあるが、それでいて一つの物語が完結している。一つのオペラが十分に書けるのである。また、「伊勢物語」にある全ての短歌は、「古今集」などの勅撰和歌集に掲載されている。「古今集」が先か、「伊勢物語」が先かという論争は昔からある。どちらが先にせよ、この短い歌物語は日本文学の揺籃であることに相違はない。「みやび」という言葉は「伊勢物語」では一回しか現れない。しかし、「伊勢物語」の背景にある精神は平安貴族の「みやびの精神」に他ならない。このみやびの精神こそは、平安時代の時代精神であるばかりでなく、その後の日本人の精神構造に計り知れない決定的な影響を与えていると言えよう。栄枯盛衰に身を置きながらも、うつつの現実をも超えて行く華麗な華を咲かせた平安時代のみやびの美学を醸成したのは、唐王朝の華麗な文化への憧れと国風文化の創造とに情熱と心血を注いだであろう平安貴族のこころ意気である。それを感じさせてくれるのが「伊勢物語」である。紫式部が「源氏物語」を書いて今年は1000年になる。この至高の日本文学の原型となったのが「伊勢物語」であることは日本文学者の共通の認識である。京都オペラを書こうとする時に、最も依拠する文学はこの「伊勢物語」と「源氏物語」を於いて他にはない。
文学としてはそれで十分な認識である。しかし、「伊勢物語」に出てくる短歌をどのように歌えばよいのかは誰にも分からない。冷泉家の57577の各句の最後の音節を徒に長く伸ばすだけの歌い方は音楽的とは言えない。宮中の歌い方も同じであるが、藤原定家の直系である冷泉家の方が歴史も遥かに長く正統である。これ以外に当時の歌い方がなかったとすれば、この国にはモーツァルトの様に「
うたう」歌は存在しなかったのではないか。後白河法皇が編纂された「梁塵秘抄」にも歌詞は残ったが、楽譜の部分は散逸している。しかし、これは「今様」の歌集であるから、宮中の歌い方ではない筈である。では、平安時代の歌い方はどうすれば分かるのか。「雅楽」と「声明」は千年の時を越えて現代まで忠実に伝承されて来た素晴らしい歴史を誇るが、それでも和歌の歌い方は分からない。「源氏物語」千年紀を記念して、もし平安時代の歌い方が記録された文献が発見されれば素晴らしいがそれは夢であろう。
夢は現実ではない。短歌をどう歌うかは、千年を経ても分からない。それでは現代で再現を実験するしかない。幸いにも人類は20世紀において「電脳」なるコンピューターを開発した。インターネットに代表される通信革命が一挙に実現したのである。しかし、それでも千年前の人との通信は出来ない。あらゆる文献と情報を集めて「電脳」と相談しながら壮大な実験をする必要がある。「源氏物語」千年紀の現代に於いても唯一の手掛かりはある。それは現代京都語による「源氏物語」の翻訳である。中井和子先生が十数年を懸けて完成された歴史的な現代京都語訳は素晴らしいの一語に尽きる。井上由貴子さんの美しい朗読によって私達は千年前の京都ではどのように読まれていたのかを想像することが出来る。また、松崎裕子さんのシンセサイザーによる雅楽調の音楽が素晴らしい。京都語自体が音楽的であるので、千年前の京都語は如何にあったであろうかと想いを馳せる。現代京都語よりはもっと直截的ではなかったか。ラテン語と現代イタリア語の関係はダンテが「俗語詩論」で述べている通りの直系であるが2000年を超えている。現代京都語はまだ1000年やからまだ近いものがあるであろう。現代京都語訳「源氏物語」を聴いていると千年前の王朝文学へと夢は拡がる。そして、平安文学の真髄である短歌はどの様に歌われていたのかと想像は果てしなく続くのである。

みやびせむ大宮人のこころ意気、夢とうつつの垣を超えばや!

Miyabi is the spirit of Kyotienna crossing over the fence between dream and reality !

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「京ことば源氏物語」 カセットテープ2本組 大修館書店 1989     8 Feb 2008

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