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Drama in Musica |
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「伊勢物語」を元祖とする歌物語は平安時代の京都に生まれました。短歌を交えながら、「昔おとこありけり〜」で始まる物語の形式が伝承されて来ました。物語とは本来は主人公が生まれてから死ぬまでを書くのを原則としていましたが、成人するまでを省略するために、「昔おとこありけり〜」や「昔おんなありけり〜」の書き出しで始まる様になりました。在原の業平を主人公として様々な物語を短歌を中心に書かれていますが、当時には音楽性の要素は殆ど無かったのではないかと言われています。その証左は、京都冷泉家の和歌の年中行事や宮中の歌会始で歌われる歌い方は、五七五七七の各節の最後の音を徒に長く伸ばすだけの歌い方が21世紀の今日まで伝えられています。冷泉家はあの藤原定家の直系の子孫の家系であります。800年以上の長きに渡って冷泉家の方々は定家の伝統と文献を、幾たびの戦乱から守って来られました。最近になって京都市に全面的に寄付されて、日本の歌の正統な歴史が永久に保存されることになったのは世界の文化遺産として誠に喜ばしい事であります。その中に幻の文献と言われて来た定家の日記「明月記」も完全な形で残されていました。当時の短歌の歌い方がその伝承以外に無かったとすれば、日本の歌物語は音楽性に極めて乏しいと言わなければなりません。平安遷都以来の1300年の間にも、この国は音楽に目覚めることが何故無かったのか? この事は大いなる謎であります。 日本語の構造に原因があるのか? そうは思いません。現代では日本語の素晴らしい歌も盛んに歌われています。言語構造が原因でなければ他に何が原因か? それはやはり声明の影響が大きすぎたのはないか。雅楽と声明は奈良時代から日本の伝えられていて、約千年前に京都で完成された日本音楽の源流であります。民間芸能と雅楽の要素を取り入れて室町時代に能が完成しましたが、歌い方は「謡い」という声明的な域を超えることは出来ませんでした。1603年に阿国が北野神社で舞ったのが歌舞伎の始まりとなりましたが、ほぼ同年に西洋ではオペラがフィレンチェで生まれました。音楽劇の誕生では京都とフィレンチェは同期生でありますね。 イタリアのオペラはモノディ形式という現代で云うレチタティーヴォで歌い繋ぐ歌物語と言える形式であります。歌舞伎よりは遥かに音楽性があります。声明も仏教音楽でありますが、オペラも当時までのキリスト教会の音楽の影響下にありました。ルネサンスまでに既にグレゴリオ聖歌が完成していましたし、オペラが生まれる25年前にはオラトリオも生まれていました。聖書の朗読と詠唱が組み合わさって聴衆に解り易くするために音楽性を取り入れたと考えられています。オラトリオは宗教オペラと考えてもよいと思いますが、オペラは通俗的な歌物語として始まりました。音楽劇の音楽性に東西で差が出たのは、正しく仏教とキリスト教の音楽への貢献度の違いによるのものであります。教会は石造りで反響時間が長く初めから和声の要素が求められました。東洋の寺院では多くは木造であり構造は開放的であり反響時間は設計されませんでした。この様な相違が東西の音楽劇の歴史を全く別の道に歩ませたと考えられます。歌舞伎とオペラが東西同時に生まれて既に400年を超えました。オペラは既に西欧全体に普及はしていますが、戦後は新しい作品は殆ど生まれていません。現代ではオペラはミュージカルに取って代わられた感があります。 歌舞伎は日本でしか普及せず、今では新作品も上演されることは稀であります。中国では「元曲」から発展して各地に音楽劇が多く誕生して今日に至っています。京劇、昆劇、川劇などは特に有名ですね。中国の音楽劇は日本の歌舞伎よりは音楽性は高いと思いますが、何れも和声を重視しない音楽であることは共通しています。「通奏低音」は東洋音楽では発達せず代わりに打楽器による伴奏が基本になりました。但し、東洋では雅楽に於ける笙の様に「通奏高音」と呼ぶべき伴奏音楽は発達していました。東西の差異はこれまでの音楽の歴史を遡れば明らかであります。 では、日本の古くて新しい音楽劇である「歌物語」の音楽はどうあるべきなのか? それがこのシリーズの歴史的なテーマであります。永遠のテーマなので一世代で開拓できる様な問題ではありませんが、東西の音楽の歴史を研究して将来への展望を切り開くことが目的であります。雅楽、声明、能楽、歌舞伎に次いで第五の芸能としての「歌物語」を京都が再生する歴史的な可能性はあります。「日本語の歌を如何に歌うか?」ということが最大のテーマとなります。誰でも歌いやすく世界に通用する音楽性の高い歌物語を目指しています。1300年係っても実現しなかった日本音楽の夢ですから、容易なことではないとは思いますが21世紀の今こそ挑戦できる初めての機会が到来したと信じています。それはパソコンとインターネットが普及して誰でも通信できる様になったからです。古くて新しい「歌物語」を京都から発信するために日夜研鑽を続けていますが、日本語の歌をどんな音楽に載せて歌うか? 夢のようなお話ですが実現不可能ではありません。21世紀中に「京都オペラ」を誕生させて新しい日本語オペラ「歌物語」の復活を期待しているところであります。 |
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15 Aug 2007 |
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