生演奏の魅力

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Ky-163

Live Communication

「フィガロの結婚」には沢山の名盤としてのCDやDVDの記録が残っています。私が最も気に入っているのは、1986年3月21日に東京文化会館で上演された記録をDVDに転換して保存しているものであります。指揮はS.ヴァルヴィーゾ、演奏はウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と合唱団、フィガロにA.リナルディ、スザンナにB.ヘンドリックス、伯爵夫人にG.ヤノヴィッツ、伯爵にY.ヒィンネニン、マルチェリーナにM.リロヴァ、バルトロにK.リドゥル、ケルヴィーノにK.タカーチ、バルバリーナにD.ロビン、ドン・ヴァジリオにH.ヴィルトハーバー、ドン・クルチオにF.カッセマン、アントニオにI.ガーティの出演で、「フィガロの結婚」完成200周年の記念公演でありました。ヴァルヴィーゾの指揮はベームよりはテンポがやや速くて軽快であり、オペラの楽しい内容を日本人聴衆に解り易く表現してくれました。聴衆の反応もモーツァルトが最も好んだ控えめのもので聴き終わったあとに爽快な気分が残ります。これに対して、モーツァルトの大専門家であるK.ベーム指揮、同じくウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の1975年の記録では残念ながら映画形式になっていて、伯爵にD.フィッシャーディスカウ、フィガロにH.プライ、スザンナにM.フレーニという定番歌手を揃えながら何となく迫力に欠けるのは聴衆がいないからであると気づきました。伯爵夫人が十八番のG.ヤノヴィッツはこの時は出演していなくて、代役はK.カナワで些か役不足であるのも物足りない原因の一つであります。やはり聴衆の存在は生演奏の決定的な必要条件でありますから、聴衆のいないスタジオ録音にはメリハリが無く、映画形式の編集版では別々の画像と音声を後から合成したもので、生演奏の記録とは本質的に別の作品となっているのであります。歌手の歌声と映像に写った口の動きに0.2〜3秒のずれがあるのは、厳密なテンポ理論を音楽の本質と考える私にとっては見聞に耐えないものがあります。スタジオ録音は謂わば「独言」的演奏であり、観客の居ない練習風景に過ぎません。聴衆の居る生演奏は「対話」のある本番であり、演奏者と聴衆のコミニケーションで相互に影響を与えながら微妙なテンポの変化や歌声の昂揚、器楽演奏のキレと冴えが引き出されます。将に「生きている」のと「死んでいる」の差と言っても良い程の違いがあるのであります。拍手の他に咳ばらいや雑音も記録されますが、その拍手こそは聴衆の反応の表現に他なりません。気分が昂揚した拍手、静かに満足した拍手、あまり反応のない寂しい拍手、ブーイングを含む不満の拍手など冷静に聴いていると拍手によって聴衆の反応を知ることが出来ます。モーツァルトは控えめで静かな拍手を最も好んだと書いています。本当に感動すると聴衆の拍手はやや控えめになり、閉幕後に長く続く感動を胸に劇場を去るのであります。その余韻に作曲者の本当のメッセージが込められているからであります。足を踏み鳴らしてブラヴォーを絶叫するのは、次元の低い品のない反応であります。余韻もなく劇場を出れば直ぐに消えてしまうでしょう。ヴェルディのオペラにはそんなのが多いですね。
先日DVD90枚の新旧オペラ全集を購入しましたが、全てライブ演奏の記録であることに満足しています。それにしても名の知れたオペラの生演奏の記録は幾つも残されています。記録媒体の発達に合わせて、1960年代から最近まで各年代の主要な指揮者と歌手達とオーケストラによって素晴らしい記録が
世界の音楽遺産として現代に継承されています。楽譜以外に記録する方法の無かったモーツァルトの時代に比べると現代の我々の音楽環境は遥かに有利な条件を備えていると考えられます。それにも拘わらずオペラの先進的な新作品が生まれないのは逆説的な現象でもあります。技術的に便利になり恵まれすぎると芸術的創造力は衰退するのかも知れません。やはり芸術作品は基本的には一人の天才が手作りで作り上げるプロセスが必要なのでありましょう。人類はこの100年間に素晴らしい音楽遺産の記録を継承しました。二度と再現出来ない貴重な記録ですから有効的に活用したいですね。音楽も料理と同じでどんな場合でも冷凍食品よりも生のメニューが優れていることは誰でも認識していることであります。しかし、90枚66品目のオペラ全集のライブ記録を見聞するだけでも膨大な時間が必要ですが、何と言っても生演奏の舞台を見聞きするに越したことはありません。高い入場券の他に交通費と宿泊費が係ります。相当に時間とお金に余裕のある人しかオペラの舞台を見れません。DVDでせめて現場の雰囲気を想像して見るしか出来ないのが庶民の慰みですね。只一つの利点は何百回でも続けて鑑賞出来ることですね。生の舞台は一回しか見聞きできないからです。でもその一回はDVDの何百回よりも価値があると言えますね。

生ものは冷めぬ内こそ貴ふとけれ、箱に詰めれば香りもあらじ!

Live on stage Music is always vivid though package has remained no flavours !

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10 Jun 2007

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Mozart: "Le Nozze di Figaro" S.Varviso conducting Wien Staatsoper Orch. 1986 Tokyo

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