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Concertino for Drama in Mucsica |
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能楽のオペラ化という構想を若い頃から抱いていました。オペラの原点に返り簡素化を試みるに当たっては伴奏楽器の数を数種類に制限せざるを得ません。能楽の場合は雅楽の楽器構成を踏襲しながらも、やはり簡素化が行われています。琵琶、箏、鉦鼓、笙、篳篥も省略されて笛と鼓だけが採用されました。鼓は小鼓、大鼓、太鼓を三種類もあります。地謡と独詠もありますが、伴奏楽器としては笛と鼓だけという寂しい構成であります。これでは旋律的な作曲は不可能でありますね。雅楽と声明の影響下に官民の舞楽の要素も取り入れて能楽が完成してから600年の歴史があります。そしてその能楽の形式を一部とりいれて歌舞伎も誕生しました。三味線はその当時流行していた楽器なので歌舞伎には採用されました。それでも声明以来の伝統から完全には抜けることは出来ずに謡曲で完成された歌い方は踏襲されて来ました。歌舞伎も既に400年を越えて既に新しい作品は殆ど生まれていません。京都はこの1300年の間に四大音楽芸能を完成させて来ました。雅楽、声明、能楽、および歌舞伎であります。そして21世紀後半には第五の芸能として京都オペラの誕生を期待します。 一方オペラの方もフィレンチェに誕生してから400年を越えています。誕生後200年の中間地点でモーツァルトがオペラの集大成をしています。モーツァルトのオペラからワーグナーとヴェルディのオペラへと継承されて、オペレッタから現代のミュージカルが生まれました。オペラ本体の方も既に新しい作品は殆ど生まれていません。先人達の余りにも完成度の高いオペラを超える作品は制作することが不可能でさえあります。モーツァルトに近づける天才作曲家が現れない限り新しいオペラは生まれないでしょう。では私達には何が出来るでしょうか。それはオペラ誕生の原点に返ることだけです。歌手三人と伴奏楽器数種類の規模に戻って実験を試みることは出来るのではないでしょうか。日本語のオペラを研究して参りましたが、日本の音楽芸能の代表である能楽をオペラ化することが最も近道でもあり、歌物語Drama In Musicaというオペラの原点にも共通する要素を孕んでいます。歌い方はオペラのベルカント唱法も一部取り入れて日本語を旋律的に歌う基本を確立したいと念願していますが、滝廉太郎が既に100年前に実験して目指した「国楽」の復活を期待する者であります。 能楽の構成を踏襲して歌手はシテ、ワキ、ツレの三人を基本としたいと考えています。伴奏楽器はシテ、ワキ、ツレの三人を伴奏する楽器を三種類と通奏低音と通奏高音を担当する二種類の楽器と打楽器一種類を加えて6種類としたいとの構想であります。楽器は洋の東西を問わずその歌物語に相応しい楽器を選びたいと考えます。例えば、シテにヴァイオリン、ワキにフルート、ツレに筝を採用して、通奏低音はチェロかコントラバス、通奏高音には笙を、打楽器には小鼓を採用するとどうなるでしょうか。楽器の組み合わせは無数にあり夢が拡がります。DTM楽器を通奏両音や一部の楽器の代用に当てると楽器の数を減らせます。これらの伴奏楽器群の演奏に乗せて、例えばシテのテノール、ワキのソプラノ、ツレのバスが歌うことになります。アリアと重唱の他に地謡に相当するコーラスも付きます。合唱隊は大規模には用意出来ませんので、楽器演奏者が同時に歌うという日本音楽の伝統を一部に採用したいと考えています。三役に当てられた主要楽器は楽器間でも対話する様に演奏されます。三役の心情をサポートするためでありますし、言葉で言い表せない想いを音楽で表現したいとも考えます。この様な役割をする音楽形式は協奏曲Concertoと呼ばれて来ましたが、規模が小さいのでコンチェルティーノConcertino と呼びたいと思います。Concertinoという用語は元来、バロック時代のコンチェルト・グロッソの小規模な伴奏者による合奏のことを言いますので相応しいかと考えます。序曲や間奏曲を演奏する時は全楽器が参加して行いますが、劇中では各楽器はソロで演奏することが多いので何れもVirtuosoの要素を求められます。その演奏だけでもコンサートが開ける程の技量が求められるのであります。邦楽における合いの手に相当します。こうして室内楽程度の規模に抑えることで音楽にも深さと完全さを要求されることになります。大規模なオーケストラとはまた別な難しさも浮上してくると予想されますね。 |
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4 Feb 2007 |
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