実験作品:「京愁」

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Ky-159

Elegia Kyotienna

曲名のElegia Kyotiennaとは「京都の愁い」という哀歌であります。Elegiaは哀歌、Kyotiennaは京都のラテン名に当てています。2005年に作曲されましたが2006年版として再編集されたものであります。使用している音律はU4、U3、U1の三種類の非平均律五音音階で、U2は2006年版では除外されています。音色はヴァイオリン、箏、ピアノ、オルガン、フルート、トランペットの6種類であります。そして8曲を音律を替えながら往復循環する形式を取っています。従ってトラックは16あります。演奏時間は39分44秒ですがトラック別の内容は以下の通りであります。
Track1(U3)(4:03)第一曲はヴァイオリンでU3音律で書かれています。U3はやや明るい長調系の音律であります。この第一曲は極めて特異な構成をしています。即ち超高音域、中音域、超低音域の三層構造になっています。これは天、人、地に対応しています。まず中音域の牧歌的な主題が提示されます。それに呼応して低音部が伴奏して、更に高音部も追尾して来ます。人の歌声に天と地が呼応して祝福するという意義なのですが、天地の怒りに触れたのかすこし荒々しい祝福の様であります。地の重厚なうなりと天のけたたましい程の超高音が人の歌声をかき消そうとしているかの様でありますね。低音部は所謂通奏低音であり、高音部は通奏高音を意図しています。中音域の人の歌声は展開と再現を繰り返しながら、フィナーレでは高音部に収斂されます。それを見送るかの様に超重低音が直前まで伴奏しています。これを通奏重低音Basso gravis continuoと呼んでいます。これに対して高音部の最高音域を通奏超高音Suprasoprano continuoと呼んでいます。雅楽の形式を取り入れた新概念であります。和声は僅かに2〜3音を重ねただけですが、平均律系の音階では表現し得ない深みのある和声が奏でられています。単純な和声構造であるのに表現は奥深いと言えるでしょう。倍音の少ないDTMですが、もし伝統楽器で演奏すればもっと深みのある和声が表現されると予想されます。その時は、中音域を演奏する人、通奏低音を担当する人、通奏高音を担当する人の三人の演奏者が必要ですが、DTMでは一人で演奏できるという離れ業が実現しました。4分余りの短い曲ですが、交響曲を要約した様な重量感のある音楽になっていますね。天と地の前に人はひれ伏すしかないと感じさせるものがあります。これはもう哀歌を超えてしまっているかも知れません。Track16(U4)

Track2(U4)(2:04)第二曲は箏の音楽でU4音律で書かれています。U4はやや暗い感じの短調系の音律であります。筝曲は日本にもありますが、宮城道雄先生はかって80弦筝を試作したことがあります。ピアノに対抗して低音部を補強する目的でしたが、DTMではそれは簡単に実現しています。中音域から高音域までを右手が担当して、重低音部は左手が担当しています。二種類の箏が必要ですがDTMでは一台で十分に表現出来ます。この曲は周の時代の音律を想像してU4音律で書かれました。現代中国にも伝わっている古筝の名人の演奏をラジオで聴いたことがあります。2500年前の音律の再現は不可能に近いのですが、DTMを駆使して実験音律学Experimental Temperamentologyとしてその近似値に近づくことは出来る筈であります。日本では八橋検校が江戸時代初期に伴奏楽器であった筝を陰旋律を採用して筝曲として独立させた歴史的な功績が伝えられています。筝の持つ変幻自在で華麗な旋律の展開で、重々しくも天空を飛翔する不死鳥の舞を連想して頂ければ嬉しく思います。箏独特の掻き手も取り入れた表現法も聴かれます。Track15(U3)
Track3(U3)(3:22)第三曲はピアノで再びU3音律で書かれました。3分あまりの小曲ですがピアノの表現力の限界に挑戦した作品であります。特徴のある主題が自由に展開するのを重低音部が追奏します。テンポをめまぐるしく変化させながら何種類もの曲芸を見せます。椅音という前打音を随所で使用しています。終わりの方で突然最高音まで一度だけ上がります。これは「魔笛」の夜の女王のアリアからヒントを得ました。あのアリアが歌える歌手は世界に数える程しかいない様ですね。ジャズの影響を受けた部分が一部にあります。すこしスウィングしてふら付いていますが、直ぐに元の軌道に戻っています。体操の鞍馬のように最後は何とか決まりましたね。復路の循環では音律がU4に替わって再現されます。すこし短調的になって表現されるのを比較して下さい。Track14(U4)
Track4(U4)(1:08)第四曲はピアノとフルートと鼓の合奏であります。繋ぎの音楽としてLiaison music(リエゾン音楽)と呼んでいる音楽です。オペラに於ける場面の転換する時に使用します。三〜四重奏くらいまでならDTMも再現が可能です。U4音律で書かれています。Track13(U1)
Track5(U1)(1:23)第五曲はオルガンの間奏曲ですが、重厚な中にも次の舞台への希望も感じられる音楽であります。実際にはもう少し長く演奏する必要がありますがオペラのクライマックスが近いことを予感させる音楽ではないでしょうか。U1音律で表現されています。Track12(U4)
Track6(U4)(1:46)第六曲はフルートの高音部が旋律を奏でるのを低音部が伴奏していますが、伝統楽器ではこの様な芸当はできません。管楽器の低音専用としてはファゴットがあります。リードは二枚ありますがフルートにはリードがありません。この低音部は架空の楽器ですね。DTMのマジックによる表現法であります。音律はU4で書かれています。Track11(U1)
Track7(U1)(1:17)第七曲は二本のトランペットの重奏ですが、DTMでは高音部と低音部を同時に演奏できます。トランペットの高音域からホルンやチューバの低音域まで再現できています。繋ぎの音楽ですが、ファンファーレを意識した誰かが登場する前の情景を思い浮かべますね。U1音律で書かれています。Track10(U4)
Track8(U3)(4:52)第八曲は再びヴァイオリン・モードであります。ヴァイオリンからコントラバスまでの音域をカバーしながら、日本的情緒あふれる旋律で推移して行きます。悲しいまでに美しく、人生の終わりを迎えるに当たって満ち足りた愁いをも感じさせます。「京愁」の曲名にもなる情景であります。音律はU3でありますから、少しは明るさも表現しています。次の復路のトラックでは同じ旋律ですが、U4音律で再現されます。U3とU4の音律の微妙な表現の差異を感じ取って頂けたら嬉しく思います。U3はどちらかと言えば長調的、U4は短調的と言うことが出来ます。Track9(U4)
Track9〜16(19:52)第九曲から第十六曲までは、往路から復路に転じてマラソンの様に折り返して元の第一曲まで戻りますが、音律はU3はU4へ、U4はU3へと替わります。またリエゾン音楽の部分もU4はU1へ、U1はU4へと替わります。往復循環形式の採用は今回が初めての実験ですが、車のCDで聴く場合にはこの往復循環式がそのまま再現されます。詳しくは実験音律の分析の項目で詳説してありますのでご一覧下さい。非平均律系では平均律系の様に所謂転調は出来ませんので、この様に音律を替えて行く事で音楽的表現を豊かにして来たのですね。伝統楽器では音律を替える時は演奏を一時中断して調弦をし直す必要がありましたが、DTMでは予め登録しておけば瞬時に切り替えることが出来ます。それ故に同じ曲の中でも音律を何度でも自由自在に変換出来るという夢の様な可能性が実現しました。DTMが伝統楽器を超えた歴史的な21世紀の出来事であります。しかし音色に関してはまだ当分の間は伝統楽器に及びません。DTMの再現する音色には倍音が少なく、気温や湿度によって周波数が変化するということもないからであります。
さて、往復循環式のこの作品をお聴きになってのご感想は如何でしょうか。この何年かはオペラを作曲するための音律の研究に専念して来ました。2007年度からはいよいよ台本の制作に取り掛かります。台本を書くことは作曲するよりは遥かに難しいと実感しています。作詞も作曲も出来る人のことを
Compoetと呼びましたが、現実には一人二役は出来ません。作曲も出来るという詩人が台本を書くのが理想的でありますから、作曲は後世の天才作曲家の出現を待ちながら京都オペラの台本を幾つか書き残して置きたいと念願しています。一つの台本を書き終わってから、一人の作曲家として作曲を試みることを否定はしていません。それが実現すれば嬉しいのですが、テーマのスケッチや全体構想のデザインまでしか出来ないと予想します。あとは若き天才作曲家の出現を待たなければなりません。

日々一首歌い繋ぎてオペラ書く、歌の都の産声聞かん!

A song a day to write Opera hearing a birth cry of Kyotienna !

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「京愁」Elegia Kyotienna全曲           3 Jan 2007

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