非平均律五音音階による日本語オペラ構想

music forum

Ky-135

Japanese Opera by Non-Equal Pentatonica

村山先生、今晩は! もうすぐ雛祭りがやって参ります。雛祭りと言えば京都では例年寒いことが多い様に記憶しています。女の子の健やかな成長を願う古くから伝わる行事で、宮中から民間まで広く行われて来ました。桃の節句とも言うように、桃の花が咲く頃と一致しているのは、節分が梅の花の咲く頃に行われるのと対比されます。さて、2002年に「五音音階による日本語オペラ構想」を発表してから、既に3年が経過しました。オペラの制作は遅々として進行しませんでしたが、この三年間の停滞には理由がありました。それは日本語に相応しい五音音階の研究に多くの時間を費やして来た為であります。その結果、2004年末までには非平均律五音音階での日本語オペラの作曲が可能になりました。いよいよ京都オペラの制作が始まる日を迎えることが出来ましたが、三年前の報告を読み直して、何が進歩出来たのか、また何が未解決なのかを振り返って見たいと思います。

(1) 
通奏低音と通奏高音の採用
三年前には通奏低音だけの記述しかありませんでしたが、後で通奏高音が加わりました。これは雅楽との出会いによってもたらされたものであります。あの笙の持続的な高音による伴奏は新鮮な驚きでした。京都オペラでは通奏低音と通奏高音のどちらも採用して、18世紀的な即興演奏による伴奏を取り入れたいと考えています。
(2) 
可変テンポの採用
音楽は時間の芸術と言われる様にテンポがもっとも重要な基本要素の一つであります。オペラの物語の展開では、音楽のテンポがきめ細かく変化して行くことは、感情表現上の根本的で不可欠な条件であります。テンポの重要性はモーツァルト時代からよく認識されていました。これからは京都オペラに相応しいテンポは何かが問われます。
(3) 
三人オペラ
登場人物を最小限の三人に抑えることは、オペラ誕生の原点に返る意味でも重要であります。団伊玖磨先生は生前に「二人オペラ」を提唱されましたが、私達はオペラの客観性を重視する為に、少なくとも三人の登場人物が必要との立場を取って来ました。小さい劇場や小学校の講堂でも上演可能なシンプルで基本的なオペラを目指しています。
(4) 
非平均律五音音階の採用
三年前は単に五音音階と言っていましたが、この間に非平均律五音音階に運命的に出会うことが出来ました。平均律による五音音階の限界を見極めるのに長い時間が必要でした。現在では非平均律五音音階だけでなく、純正律系七音音階までも採用して、両者の複合音階の実験も続けられています。日本語の歌詞を歌うのに最も適している音階の研究と発見は、近代日本音楽の歴史的な課題でもありました。
(5) 
アイ子方の登用
能狂言のように、物語の進行役を子役がするという演劇史上の例は東西にあります。オペラで言えばピエロや語り部が担当して来ましたが、レチタティーヴォの不自然な謡い方で物語を進行するよりも、MonologやDialogで進める方がより自然であるとの認識によるものであります。
(6) 
風姿花伝の書
今から605年も前に京都で能が完成されていましたが、世阿弥の「風姿花伝の書」は師匠でもある父の観阿弥の言葉を記録したとも云われています。世界最古の舞台芸術論であります。歴史的に東西で同時に誕生した歌舞伎とオペラよりも能は200年も前に完成されていたことは驚異的なことであります。わが京都がフィレンチェを凌ぐ歴史的な舞台芸術の都であることを世界に誇っているのです。
(7) 
無拍の音楽とは
日本の音楽は、一般にテンポは遅く、有拍のリズムでも間延びして、無拍になることがあります。日本舞踊は摺り足が基本になっているので、西欧と中国の舞踊の様に飛び跳ねることがありません。遊牧民族と農耕民族の相違から来るとも、馬を常用する民族と牛を用いる民族の違いとも言われています。踊りや音楽が停止する瞬間があることは、日本の芸能の特徴として世界にも稀な特性であります。さり気なく、その究極の日本的な間を演出したいと考えています。
(8) 
中世日本の芸能
日本の中世は現代にも繋がる芸能史上の宝庫であります。京都オペラの舞台にも、幾つかを登場させたいと願っています。後白河法皇が自ら編纂された「梁塵秘抄」などに出てくる芸能の研究が必要であります。
9) 
ベルカント奏法 
日本語の歌はベルカント奏法には向かないと思いますが、登場人物によってはベルカントによるアリアの熱唱があってもよいと考えています。出来れば、日本的な旋律で日本情緒を歌い上げるものでありたいと念願しています。
(11) 
アリアと合唱などは5分以内
アリアでも、重唱や合唱でも一曲が5分以上は長すぎるとの印象を持っています。モーツァルト時代のオペラの習慣である、ダカーポ・アリアは現代では必要ないとの見解に至りました。現代では18世紀と違って、録音や録画が容易に可能になっていますので、同じ歌を長々と繰り返し歌う必要はないと考えるからであります。5分間はまた、聴衆の集中力の限界かとも思います。モーツァルトの四大オペラでも、「フィガロ」と「ドン・ジョヴァンニ」では、ダカーポは多いですが、「コシ・ファン・トゥッテ」と「魔笛」ではダカーポによる繰り返しは殆ど無くなっています。オペラに於けるアリア、重唱や合唱は出来るだけ一曲は5分以内に終わる様に作曲致します。
(12) 
ニ幕ものを重視
モーツァルトの四大オペラでも、「フィガロ」以外は全てニ幕であります。京都オペラでもこれを採用して、ニ幕を基本としたいと考えています。オペラ上演の経費の節約をも念頭に入れた方針であります。
(13) 
作詞と作曲を同時進行
台本が先に出来上がり、それに作曲するのが本来の在り方かも知れませんが、台本作者と作曲家の都合で、どちらが先になるか分からない時もありますので、作詞と作曲がどちらからでも制作できる体勢で居たいと考えて来ました。出来れば同時進行で制作を進めることを基本と致したいと思います。
  
(14) 
Recitativo と Dialogo 
オペラで最も難しい部分は所謂Recitativoであります。歌と台詞の中間的な謡い方であります。フィレンチェのカメラータ達が発明したと言われていますが、中国にも日本にも謡いは古くからあります。日本語のオペラの場合には、レチタティーヴォよりも台詞で物語を進行した方が、より自然ではないかとの考えに傾きつつあります。モーツァルトは最後のオペラ「魔笛」では、レチタティーヴォを殆ど使わないでドイツ語の台詞で物語の進行を図りました。このオペラの成功により、ドイツ語オペラの方向性が決定されました。「魔笛」はドイツ語圏にあった伝統的なSingspielを芸術的なオペラまで高めた歴史的な作品であります。 
(15) 
室内楽的編成
オペラの誕生した1600年頃の原点に返ることを21世紀以降のオペラ制作の方針の基本に置いています。大規模なオーケストラによる没個性的な伴奏ではなく、室内楽程度の編成で、器楽奏者にも歌手と対等な役割を与えたいと考えています。従ってオーケストラ・ボックスは必要なく、器楽奏者も歌手と同じ舞台に上がって貰いたいと思います。歌手がアリアを歌うように、器楽奏者も輪番でソロ演奏を決めて欲しいと思います。また、指揮者は必ずしも必要ないと考えています。モーツァルト時代の様に、コンサートマスターが鍵盤楽器を弾きながら指揮を兼ねるのが良いと思っています。また、器楽奏者が歌ってはいけないということもありません。器楽奏者が掛け声や、合唱に参加するのを歓迎致したいと思います。能では成立以来、伴奏者が発声していることは衆知の通りであります。  
(16) 
日本の歌と音楽
学生時代の京都で日本語オペラを夢見てから、43年が過ぎ去りました。何事にも関心を示して活動的であった一人の青年は、白髪の目立つ初老の紳士になっていました。気の遠くなるような長い年月を、超多忙な職業の時間の合間を掻い潜って音楽を聴き続けて来ました。2000年にインターネットで村山先生と幸運な出会いを果たしてからの五年間は、指数関数が立ち上がる様に音楽の研究に勢いが着きました。
そして遂に、非平均律五音音階という日本語の歌にとって究極の音階を探検する旅が始まりました。その究極の音階は私の生存中には発見できないかも知れません。しかし、未完成の新音階であっても、敢えて京都オペラの制作を始めなければなりません。DTMによるシークエンサー・ソフトに楽譜として記録しておけば、私達の後継者がどの様な新音階でも再現することが出来ます。モーツァルトの没後200年はとっくに経過しました。滝廉太郎の没後100年も既に過ぎました。そして、21世紀の初頭に私達は生活しています。
歴史は繰り返します。雅楽と声明を完成させて保存して来た京都。能と歌舞伎を完成させた京都。その京都にオペラが誕生しないと誰が言えるでしょうか? 100年前に滝廉太郎が目指した「国楽」が、日本で再び開花しないと誰が言えるでしょうか? 21世紀の初頭に生きる私達が京都に撒くであろう日本語オペラの種が、どうして発芽しないと誰が言えるでしょうか? 21世紀中に新しい日本語オペラが京都に生まれて世界に普及する初夢を見続けたいと思います。 

うたい継ぎ守り育てし京の歌、千年を超えて華開く今!

Succession of songs more than 1000 years long, now again in full bloom at Kyoto !

English

1 MAR 2005

Next

「日本音楽の源流を探る」 小倉理三郎 1994 芸術現代社

index100

NEW OPERA FROM KYOTO

index100-2