チベットの声明音楽

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Ky-127

Music of Tibet Buddhism

村山先生、今晩は! 既に師走となりましたが、毎週ご講演でご多忙のこととお慶び申し上げます。さて、今日は亦大変な音楽に遭遇致しました。何時か、雅楽に出会った時の驚きを「晴天の霹靂」と申し上げましたが、今回はそれを遥かに超える驚きであります。荘子先生の本を読んで、「驚天動地」とも申し上げましたが、それと同等かそれ以上の体験であります。まるで地震と台風が同時に来たような衝撃を受けました。初めて聴いた、チベットの声明音楽でありますが、約45分のこの音楽は聴くものの天地を揺るがします。初めはゆっくりと弱く遅いテンポで読経のコーラスが聴こえて来ます。子供の頃から聞いて育った、真言宗の読経と同じ様な感覚であり懐かしく感じます。しかし、数分すると突然に天地を揺るがすような大音量の楽器が一斉に鳴り渡ります。その中で最も強烈なのが、長管喇叭(Dung chen)の大地を引き裂く様な超重低音のしかも大音量であります。同時に巨大なオーボエ族(Rgya gring)の音量の大きい中音域とシンバルに似た楽器(Pug chur)や同じくシンバル族(Sir nyn)の超高音の澄み切った金属音、それに加えてはでんでん太鼓のような太鼓(Damaru)と柄の長い太鼓(Rnga)及び巨大な太鼓(Chue ga)等の中〜低音域での突然の一斉合奏で読経の歌声も消えてしまう程の大音量でしかも無秩序な混沌(Chaos)の世界の表現であります。2〜3分でまた静かな読経または声明に戻りますが、この声明と合奏が何度となく繰り返されます。前半では声明の時は合奏はありませんが、後半では巨大な木魚の様な木製打楽器が声明のテンポを制御する伴奏に入ります。初めは極めてゆっくりしたテンポから、少しずつテンポを速めて行きますが、最後はまた元のテンポに近くなります。やはり、アジア大陸共通の「序破急」のテンポ理論がここでも実証されています。他には歌う僧侶自身の手拍子も入ることもあります。僧侶全員が持っている対をなす金剛鈴(Tirb)と金剛杓(Dor je)を一斉またはソロで鳴らすこともあります。声明は前半と後半の始めの部分はハーモニーは無くて、2〜3のパートが少しずつテンポをずらして歌っていますが、フィナーレになると声明は同期を取って綺麗なハーモニーとなって静かに終わります。
「ヴァジュラバハイラヴァ成就降魔」(Vajrabhairava Tantric Meditation)というチベット仏教のこの儀礼音楽はラマ教の奥義を声明と合奏で祈念する曼荼羅の世界を表現しています。初めは一見無秩序な音空間を表現しながら、最後には見事なハーモニーで締めるところは苦悶から救われる喜びを覚えます。それにしても、超重低音から中音域と超高音にまで響き渡るこの音空間はどうでしょうか? 周波数で言えば数ヘルツから20000ヘルツ位までの広がりに加えて、地も裂けんばかりの器楽合奏の大音量から、声明のピアニッシモの歌声までのダイナミック・レンジには驚かされます。音声周波数の可聴全域と最大限の音量差を駆使して表現する曼荼羅の世界は、一度聴けばもう何をか言わんやであります。あれほど何百回から千回までも聴き込んで行くのを唯一の研究方法としている私が、たった一回だけしか聴けない程の驚き様は尋常でありません。直ぐに
もう一回聴こうという勇気が出ない程のショックを受けているのであります。このチベットの声明音楽の前には、私の小さい実験作品などは吹き飛ばされてしまいました。作曲する意欲さえ失わせる程の衝撃を受けています。この巨大な混沌が時間を経て少し見えて来るまで作曲活動は出来ないと思われます。標高4000メートルのチベット高原の都から聴こえて来るこの声明音楽は、天と地から直接に聴こえて来る様に響いて来ます。天に近い分だけ超高音域まで広がり、また地底から噴出すマグマの様な超重低音の破壊力には太刀打ちは出来ません。わが京の都は極東の島国の山の中にあり、千年の歴史を誇るとは言え、ラサほどの厳しい環境にはありません。流星群が落ちて来るような高原に、更にマグマが噴出すような天変地異は京都には有り得ません。私はチベットの声明音楽を一回だけ聴いて、わが都とは全く異次元の世界の音楽を体験しました。真似は出来ませんが、何らかの影響は免れません。緩急高低強弱の幅を精一杯拡大して、天地の恵みを感謝する気持ちを忘れない様に表現したいと思います。
さて、モーツァルト先生がこのチベットの音楽を聴かれたら、どんなインスピレーションを描かれるでしょうか? 西欧の作曲家では最も音域の広いモーツァルト先生も及ばないチベット音楽の宇宙に近い位置は貴重であります。チベットの音楽には苦悶から解放されて安らぎを得る癒しの心を感じます。この世の混沌から唯一の救いを感じる45分の声明音楽でありました。是非とも一度だけお聴き下さる様お勧め致します。すべての作曲家に何らかのインスピレーションを与えるでしょう。

天山の星降る里に鳴り渡る、魂を揺るがす天地(あまつち)の声!

The Voice of Heaven and Earth shaking soul sounds over the Tianshan Mountains !

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KICW 1007 King Record 1991       5 Dec 2004

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