転調と変調

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Ky-125

Modulation and Transformation

村山先生、こんにちは! お盆を過ぎればすこしは暑さも和らいで来ましたね。喫茶店の鈴虫は元気に鳴いています。もう初秋の気配もしていますが、今日は雨が降りました。雷も鳴っていました。涼しくなると体調を崩し易いのでご自愛下さい。
さて、
非平均律五音音階の研究を続けていますが、平均律音階では考えられない、根本的な問題に直面しています。その内、今日は転調と変調について考察致します。転調(Modulation)とは平均律の12個の音を使って、長調と短調を構成して行くことでありますから、理論的には12種類の長調と12種類の短調が存在することになります。勿論、変ロ短調の様に西欧の作曲家が殆ど使わない調性もあります。何れの調性に於いても使用する音は12個しかありません。しかし、非平均律音階の場合は事は簡単ではありません。非平均律音階で使用する音は少なくとも48個または96個、あるいはそれ以上あります。その音の中から5個を選択する五音音階では、無数の組み合わせが生じます。そして、各音の周波数が全て平均的ではなくそれぞれに異なる分散をしているので、平均律で言う転調は音階構造上の問題の為に不可能になるのであります。転調が不可能であれば、全く別の音階へ移行することになります。これを変調(Transformation)と呼ぶことに致します。変調(Transformation)は物理学では変換を意味する用語ですし、生物学では変態を意味する用語として定着しています。音楽用語としては1955年にフランスのJacques Chailleyが別の意味で既に使用していますが、ここでは機能的な変化だけでなく、形態的にも変化を遂げるという意味が込められています。今回の三つの実験音階を使った作品では、順番に変調を繰り返すという実験をしました。これを転回変調(Rotative Transformation)と呼ぶことに致します。何故に転回変調かと言えば、オペラの三人の登場人物にそれぞれ一つの固有の音階を配当するという、音階配置法(Scale Distribution)という手法を開発することが出来たからであります。一人ひとりの喋り方が異なる様に、配役一人に一つの音階を割り当てようという試みであります。これまでのオペラでは同じ場の歌唱では、同一の調性で歌われることが多かったので、この音階配置法は音楽劇の原点に立ち返る実験でもあります。転回変調では、配役達が歌によって対話して行く時に、それぞれに配当された固有の音階で歌うので、聴く方では音階が転回されて行く様に聞こえます。即ちこれが転回変調の手法であります。合唱する時は、二つの固有の音階を重ねる二重唱ではより美しい和声の効果が可能な様に設計できれば望ましいと考えます。
では、平均律で言う短調と長調は非平均律音階ではどうなるのでしょうか? 平均律に於ける短調も長調も何れも共通の音を使用していますので、音程の並び方が異なるだけであります。非平均律では音階そのものが、短調的な音階と長調的な音階に分類されることになります。また、同じ音階であっても基音にどの音を使用するかによって、短調的にも長調的にもなりうる可能性があります。このことは既に、今回の実験作品(NET-5040702)で証明されています。長調的とは音程差が大きく明るい印象を与えるのに対して、短調的とは音程差が小さく暗い印象を与えますが、非平均律音階でも使い方によっては、長調的にも短調的にも使えます。何故なら、1オクターブ(1200セント)内で、音程を広く取れば必ず狭くなるところが出てくるし、狭く取れば必ず広くなるところが出てくるからであります。長調と短調は同一の音階を使用する限りに於いては、本質的には同調であると言うことも出来ます。しかし、非平均律音階では相互に異なる音階を使用する方が対照的に明確であると考えています。
今回の非平均律五音音階の実験作品では、色々のことを実験しました。音階配置法(Scale Distribution )と転回変調(Rotative Transformation)の他にはテンポ・コントロールがあります。
Tempo Controlは文字通り「時制」と約しておきたいと思いますが、古来より東洋音楽ではテンポが微妙に変化することが基本になっているので、殊更に言及する必要もない訳でありますが、西欧音楽の機械的なリズムと区分するためには明記しておく必要があると思います。テンポは音楽の生命線でありますから、東洋の音楽ではテンポの変化しない音楽は有り得ません。「序破急」のテンポ理論は東アジアからアラビアまでの全域で古来より完成しています。名演奏と謂われるものは、この微妙なテンポの変化を極めることが基本条件の一つであります。その極意は楽譜にも書かれていないし、人から人へ教える事もできないので、巨匠一代限りのノーハウであります。大自然に一定のテンポなど存在しない様に、音楽に於いても一定のテンポで演奏し続けることは有り得ないのであります。この点はコンピューター音楽に従事している皆さんには特に強調申し上げて置きたいと思います。コンピューターでは物理的に完全な一定のリズムを発生させることが容易ですが、それは物理学的な音の羅列であっても、音楽の調べではありません。私は初心者の練習においてもメトロノームを使わない様に指導しています。
今回申し上げました、非平均律音階に関する三つの理論、即ち音階配置法(Scale Distribution)、転回変調(Rotative Transformation)と時制(Tempo Control)は実験段階の初歩的な音楽理論でありますが、単調に傾き易い非平均律五音音階による芸術作品の作曲の為にも役立てたいと念願しています。どの様な非平均律五音音階を、どの配役に配当するか? どの様な順番で転回変調を繋いで行くか? そして、初めはゆるやかなテンポで歌い始めて、クライマックスではどんなテンポで決めるか? まだ、実験は始まったばかりですが、内的興奮を抑えつつ制作に取り組んでいます。
作曲家はどんな時も冷静でなければなりません。自己を解放して興奮に身を委ねてよいのは、一人の聴衆になった時だけであります。そして、作曲家は作品を通じてメッセージを発信することを使命とするべきでありますから、必要最小限の理論的な解説は要りますが、音楽学者ではないので理論研究だけに終わってはいけませんね。
世界の非平均律音楽の名演奏を聴く作業も始めました。モーツァルトは最晩年から遡って、約三分の一まで聴き込みましたが、やはり最晩年に主要作品の殆どがありました。今、非平均律の世界に足を踏み入れましたが、モーツァルトを聴いて来たことが
私の音楽人生の基本になっています。モーツァルト先生が長生きされていたら、どんな新しい音階で作曲したであろうかと空想しつつ、未知の探検に挑戦したいと思います。尚、今回の非平均律五音音階の研究を始めるに際しては、福永光司先生の「荘子」が大きな力になりました。福永光司先生は荘子研究の世界の第一人者でありますが、荘子の人間存在の根底を揺るがす驚天動地とも言うべき発想と、それでいて自然と人生の恒久の真理を直視する冷静な思考、古代中国の戦国時代を生き抜いた体験により、夢の中で「胡蝶になった」荘子は将に人類史上最高の哲学者であると実感致しました。孔孟思想だけでなく、日本人は老荘思想からも強い影響を受けて来た事に改めて気付きました。是非とも、「荘子」をお読みになることをお勧め致します。この哲学書には音楽に関する記載は皆無に等しいのに、何故か非平均律五音音階の研究に多大の影響を与え続けています。今から2300年も前の人物ですが、やはり、荘子は変革期の思想家なのでしょう。なお、荘子先生は大思想家であっても定職はなく、草鞋を作って売り歩いていたと言います。オペラの背景に草鞋売りを無言で配して、その偉大な思想に敬意を表したいと思います。

夢の中蝶になりたる人ありて、管弦の音天より聴こゆ!

Reborne butterfly in the dream will listen to a symphony in the Heaven !

English

        18 Aug 2004

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「荘子」 福永光司著 1964 中央公論社

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