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Pentatonic Scale in Non-Equal Temperament |
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Q: お早う御座います! お電話頂いて早速飛んで参りました。何かまた新しい発見でもあったのでしょうか? A: 日曜日の朝からよく来てくれましたね。明日まで待てなかったので、お知らせ致しましたよ。40年に及ぶ私の音楽生活を根底から否定する大事件なのです! Q: えっ! 先生の音楽生活を根底から否定するとは、一体何事ですか? A: この前の対談で、「ヒロリーナ組曲102」以後は作曲が行き詰っていると申しましたが、この組曲を作曲以来一年間は、何の作曲も出来なかったのです。一年経ってやっとその突破口が見つかったのですから、嬉しくない訳がありません。 Q: 「リアルタイム作曲法」を見つけられた時の様に、また万歳されたのですか? A: いや、今度はテーマが大きすぎるので、万歳は出来ませんでした。静かな喜びと共に、前途遼遠の旅にでる闘志を燃やす心境ですよ。 Q: そんな大きな発見とは、一体何でしょうか? A: 一言で言えば、日本語、とりわけ京都語で歌える音階が見つかったという事なのです。 Q: 五音音階のことですか? 変ロ短調五音音階なら既に実験されて来たのではないですか? A: 「ヒロリーナ組曲102」を作曲してから、何故に作曲が止まっていたかと言えば、変ロ短調五音音階は確かに西欧音階と日本音階の交差点に位置しているので、京都オペラの情緒を西欧音階で表現出来る限界値的実験としては成功を収めたと考えています。しかし、1200回も聴き続けている間も何処かもう一つしっくり行かないと感じていました。京都語のあの美しい響きとイントネーションを表現するには、変ロ短調では十分でない事が分かったのです。幾たびかキーボードの前で試行錯誤を続けていましたが、この組曲を超える作曲は出来ませんでした。先に進めなくなって混沌としている時に、雅楽に出くわしたのです。これは偶然の様で、求め続けて来た必然の結果でもありました。20年前から所蔵しているCDを聴いて、京都コンサートホールへ「いちひめ雅楽会」の定期演奏会を聴きに帰りました。 Q: 雅楽は初めて聴かれたのではないと思いますが、そんなに衝撃が大きかったのでしょうか? A: はい、将に晴天の霹靂とでも言うべきショックでしたよ。40年も聴いて来た西欧音楽とは全く別の音楽世界が広がっていましたので、これは何が違うのかと研究して行く内に、所謂平均律その者の限界であると気付いたのです。丁度その頃、団伊玖磨先生と小泉文夫先生の対談集、「日本音楽の再発見」(1976)をインターネットで見つけて取り寄せました。お二人の先生は既に30年も前に、私の疑問に答えて下さっていました。西欧音階で日本語の歌を歌うこと事体が間違っているとはっきりと言明されていたのです。ベルカント唱法で日本語の歌を無理に歌う不自然さは、日本人なら誰しもが抱いている疑問でありますし、私が学生時代に日本語オペラを研究しようと考えたのもその事が理由でした。 Q: それでは、非平均律音階で作曲したら日本語が無理なく歌えるということになるのですか? A: その通りですが、非平均律五音音階で作曲すれば京都語の美しさを表現できるのではないかとの仮説を立ていました。それから、非平均律五音音階の実験音階を作る研究を始めたのです。 Q: 遂に非平均律五音音階が出来上がったのですか? A: とんでもない! そんなに簡単には出来ませんよ。簡単に出来るのなら明治維新以来100年余の間にとっくに出来ていますよ。 Q: それはそうですね。山田耕作と団伊玖磨の師弟でも完成出来なかったのですからね。西欧音楽を輸入してから100年以上経ってもまだ完成しないのですね。 A: そうですね。21世紀初頭という現代に至るまで条件が整わなかったのではないかと考えていますよ。 Q: 21世紀にならないと実現できない条件とは一体何でしょうか? A: それはやはり、DTMというコンピューターの先端技術の出現を待たなければ実現は難しかったのですね。この分野では日本は世界を一歩リードしているのです! Q: やはりDTMですか? そういえば、「ヒロリーナ組曲102」も初めてのDTM作品でしたね。あ、そうか。では、DTMで非平均律五音音階を作られた訳ですか? A: やっと、気付いて貰えましたね! 前置きが長かったけどその通りなんですよ。 まだ、研究が始まったばかりなので実験音階の段階ですが、日本語(京都語)を美しく自然に歌える実験音階を三種類作ることに成功したところです。 Q: それはおめでとう御座います。40年以上求め続けて来られた事が実現する出発点にやっと到達されたご心境は如何ですか? A: ありがとう。まだあまり実感はないのですが、この実験音階を使って次の作品が出来れば、その時改めて感動が湧いてくると予想しています。 Q: 40年間もよく諦めずに続けて来られましたね。先生の根気の良さには何時も脱帽ですが、振り返られて、何がその原動力になったとお考えでしょうか? A: お話してなかったのですが、私は中学生の時からBCLをしていました。今でも時々聴いています。つまり外国の短波放送を聴く趣味のことです。クラシック音楽より長いこの趣味のお蔭で耳が鍛えられたと言えます。各民族の音楽も聞こえて来ます。受信感度の悪い時は、雑音の中から信号を聴き取る訓練が必要です。現代は受信機もハイテクのものがありますし、放送設備も完備していますが、私の学生時代には受信機は自分で組み立てるしかなかったのですよ。何日も徹夜して三段スーパー受信機を組み上げて、Die Deutche Welle を受信出来た時の喜びは今も忘れません。私に日本語オペラの研究を勧めて下さった、ドイツ文学者の恩師とご一緒に聞きましたね。 Q: 音楽よりBCLの方が長いのですね? その事が音楽の研究にも役立っているのですか? A: その通りです。団先生達も「音楽の基礎は言語にある」と書いておられますね。この前にご紹介した伝田先生の理論も言語が音楽の基礎にあるとの前提で成り立っています。 Q: それは、日本語の場合でも同じことですよね? A: 日本語も例外ではありません。平均律では日本語や東洋の言語の歌は歌えないと気付くのに、日本の場合は100年以上も掛かってしまったということになります。 Q: では、具体的にこの度はどんな実験音階を作られたのですか? A: 日本語を美しく歌える非平均律五音音階として、最初の実験として三種類の音階をDTMで作りました。まだ、名称をつけていませんので、U2、U3、U4として置きます。非平均律ですから、12音音階ではなく、24音音階から48音音階や96音音階の音から五音を選ぶことになります。順列組み合わせは無数にあると言えますが、実際に演奏する訳ですから、数学的な組み合わせだけで決める訳には行きません。そこが大変に難しいところです。尚、U0は比較のために、平均律のまま残しています。また、U1は更に研究・開発中です。 Q: それはそうでしょう。平均律は12音しかない訳ですから、世界の音階の中では一番単純な音階とも言えるのですね? A: 平均律は実際には西欧の独占ではありません。ルネサンス以前から世界の東西にあった音階の一つです。西欧音楽全体が平均律になってしまったのは、平均律しか弾けないピアノの普及が平均律一辺倒にする拍車をかけました。近代は世界中が西欧の模倣をして、各国の民族音楽を圧倒しているかの様に見えていました。現代では、各国ともその誤りに既に気付いて、民族音楽の復活に取り組んでいることは嬉しい事ですね。日本だけはその流れに遅れていたのですが、やっと日本音楽が再発見される時代になりました。 Q: ちょっとお聞きしますが、先生が崇拝して止まないモーツァルトも平均律の作曲家ですか? A: モーツァルトの時代は古典音律の時代ですから、ヘンデルやハイドンの影響で中全音律等で作曲されたと聞いています。この時代はまだ平均律は普及していなかったのです。 Q: もし、モーツァルトが長生きされたら、更に非平均律音階で作曲したでしょうか? A: せめて50〜60歳まで存命されていたら、新しい非平均律音階で作曲したかも知れないと想像しています。 Q: それにしても、天才はみんな短命なのは何故でしょうかね? A: 天才と言われる人は、殆ど例外なしにもの凄い努力家でもありますから、やはり無理をするのでしょうね。私達凡人はゆっくりしか進めませんから、長生きしないと何も結果を残せませんからね! Q: それはごもっともですが、新しい実験音階についてもう少し詳しく解説して頂けませんか? A: はい、24音または48音或いは96音の中から五音を選び出す作業は簡単ではありません。24音音階の場合は最小音程は50セントですし、48音音階は25セント、96音音階では12.5セントですから、まず私達の耳がその微妙な周波数の差を聴き分けられるかという問題があります。日本人は長らく平均律に慣らされて来たので、微分音を聴き分ける聴覚は衰えていると想像されます。実際に聴いてみると50セントの差は、比較的容易に聴き分けることが出来ますが、25セントの差はかなり聴覚が発達していないと難しい様ですし、更に12.5セントとなると並みの耳では不可能に近いかも知れません。ですから、まずは50セント差で並んでいる24音音階を基本にして、必要な処で48音音階または96音音階からも選ぶという方法を取りました。 Q: 25セントや12.5セントの差は、それ程聴き分けにくいですか? A: そうですね。相当に耳を鍛えないと無理ではないかと思います。モーツァルトが幼少の頃に、大人達が気付かない音程のずれを指摘して驚かせたという記録が残っていますが、恐らくは数セント差の音程のことと想像致します。 Q: 先生は25セントや12.5セント差を容易に聴き分け出来るのですか? A: いえいえ、まだこれからですよ。毎日25セントから12.5セントの変化を聴き分けする訓練をしています。これもDTMですから、実験の設定は簡単に出来るのですが、繰り返し練習する必要があります。音の高さを変えて、また音色を替えて繰り返し訓練を続けている処です。 Q: では、DTMを使ってどの様な非平均律五音音階を実験されたのですか? A: そうですね。まずU0は平均律のままに登録します。平均律による変ロ短調五音音階では、各音程は200セントから300セントの幅で並びます。また、下行調の時はFを使用します。U2はその平均律から25セント差で上下に移動させます。どの音を移動させるかによって、全く異なる音階が形成されます。これでGb、Ab、Bb、Db、Ebの各音を25セント上下する音階が設定できます。各音程は200セントから250セントの幅になります。平均律でBb−Db間が300セントあるのに対して、U2では250セントに縮小されます。下行調のFも25セント下げました。U1は未だ開発中なので今回には間に合いませんでした。 Q: 平均律から25セント幅上下させたのが、U2という実験音階の設定ですね。実際に平均律と比較してどう変りますか? A: そうですね。この実験音階は25セント差を感知できる耳の持ち主でなければ、平均律との差は分かりません。聴き込んで来ると、この僅か25セントの差が日本語で歌う五音音階としては、少し歌い易くなることを実感できる様になります。平均律よりは滑らかに響きます。このU2実験音階は、次に申し上げるU3とU4の後に聴けば分かり易くなりますね。 Q: では、U3実験音階はどんな音階ですか? A: U3はU2から更に25セントの幅で移動します。平均律からは50セント差で上下に移動することになります。各音程は200セントから300セントの幅で並びます。下行調のFも50セント下がります。このU3実験音階は、平均律の調性で言えば、長調的であり、とても明るい印象を与える五音音階ということが出来ます。 Q: 平均律よりも明るいということは、どういう理由によるのでしょうか? A: U3実験音階では、Ab-Bb間が平均律の200セントから、300セントに拡がっています。また、Db-Eb間も平均律の200セントから、300セントに拡大されています。それ故に、上行する旋律では長調的な明るい印象を強く与えます。変ロ短調五音音階より、遥かに明るい音階になっています。 Q: ああ、そうですか? では、U4実験音階はどうでしょうか? A: U4実験音階では、Ab-Bb間が平均律の200セントから、半分の100セント幅に縮小し、また、Db-Eb間も200から150に縮小しています。上行する旋律では、この半音上がりの音程は平均律でいう短調的な印象を強くしています。その一方で、Eb-Gb間が平均律の300から400に拡大し、Bb-Db間も300セントから350セント幅に拡大しています。また、下行調でのFは逆に50セント上げています。このU4実験音階は、どこから作曲しても短調的で沈んだ悲しそうな表現になります。 Q: 分かりましたが、ではこの三つの実験音階はどの様に使い分けるのですか? A: この実験音階はDTMでしか実現しない音階であることを忘れないで下さいね。DTMですから、一つの楽章の中でも相互に自由な変調ができます。これからの実験作品で更に確かめることになります。音色も音階も自由に変化させることが出来る事こそ、DTMの最大の特長でもありますからね。 Q: 実験音階はこの三つだけですか? A: いやいや、幾らでも非平均律五音音階を作り出すことが出来ますが、あまり頻繁に変調すると、作品としては聴きづらくなりますから、一つの作品では3〜4種類の音階に留めるべきであると考えています。最終的には5〜10セントの偏移で究極的な非平均律五音音階を完成させたいと考えています。 Q: 今、音色と音階と言われましたが、この二つの要素が音楽を決定づけるのでしょうか? 東西の音楽が全く異なるのは、音色を出す楽器と使用する音階が異なるからですよね? A: それはその通りですが、もう一つの要素はテンポですね。東洋の音楽では、テンポの絶妙な変化に特長があり、古代より既に「序破急」の理論が確立していました。 Q: ここで改めてお伺いしたいのですが、平均律音階による音楽と非平均律音階による音楽とはどの様な根本的な差異があるのでしょうか? A: まず、非平均律音階という言葉には少し誤解がある様ですね。何故なら、平均律音階と非平均律音階は、二者択一的な対立概念ではありません。世界の音楽の歴史においては、むしろ平均律音階の方が新しくて、現代では非平均律音階とは、非西欧音階と意味は殆ど同じということになります。平均律は一つの音楽概念ですが、非平均律は一つではなく、民族の数ほど種類がある訳ですから、西欧以外の全ての地域の音楽を意味すると考えるべきであります。そして、ルネサンス以前には西欧においても非平均律音階で演奏されていたという歴史があります。 Q: では、西欧ではどうして平均律だけがこれ程までに普及したのですか? A: それは前に申し上げた通り、近世の作曲家ではドビッシーと楽器ではピアノの普及の影響が大きいのです。 Q: では、逆の見方でお伺いしますが、東洋ではどうして平均律が普及しなかったのですか? A: それは難しいご質問ですね。最初に平均律を発見したのは中国人と言われていますが、中国ではその後も平均律は普及しませんでした。12音音階からなる西欧音階は、最も単純な構成の音階であり、転調や和声を組み上げて行くのが容易でしたから、西欧音楽では、旋律よりも和声が重視されて、教会の合唱も複雑な音楽形式を取る様になりました。この意味でバッハは偉大な功績を残しました。しかし、和声重視の12音音階は、高度の技巧を要する旋律や音階の多様性を否定してしまったのです。古典派に於いては、モーツァルト一人だけが単純で美しい旋律の名曲を沢山書き残しました。また、テンポの微妙な変化も取り入れました。それでいて和声とのバランスも取りました。その結果、古典派はモーツァルトからベートーベンを経て19世紀には、大編成の管弦楽を成立させました。しかし、そのことは西欧音階が最も単純な音階であるからこそ可能であったのです。その後、何種類かある12音音階の一つである平均律が、ピアノの普及を背景にドビッシー以降は急速に西欧で普及して行ったと言われています。一方、華麗な旋律と絶妙なテンポの変化が身上の東洋音楽では、和声はあまり発達しなかったのであります。また、五音音階が主体の音楽では、旋律が優先されるあまり和声は重視されることはありませんでした。24音音階から96音音階を早くから発達させて来た東洋では、和声は重要な音楽概念ではなかったのであります。その代りに打楽器の伴奏が高度に発達しました。楽曲のリズムとテンポを緩急自在に決定する最も重要な役割を果たしています。この様に東洋の音楽は多元的でバラエティに富んでいますので、一種類の音階で全体を統一することは有り得ないことであります。世界の音楽の歴史では、平均律の方がむしろ少数派であり、西欧地域に於いてのみ高度に発達した音階であります。 Q: もう一つお伺いします。日本では未だに、ベルカント唱法で日本語を歌う傾向があるのですが、100年以上も日本音楽の伝統を何故に否定して来たのですか? A: その答えは既に30年前に、団先生と小泉先生が「日本音楽の再発見」で書いておられます。日本を除く各国は、自国の伝統の上に西欧音楽のよい処を取り入れて来たのに、日本人は自国の伝統音楽を否定することで西欧音楽をそのまま入れ替えようとして来たのです。これは大きな誤りであり、日本音楽の発展を100年も遅らせてしまったと言っておられます。根を移植せずに咲いた花だけを接木しようとしても決してうまく行く筈がないとも書いておられました。ほぼ同時代に西欧音楽の影響を受けた、中国と日本の反応の仕方は対照的でした。それは現代の両国の音楽事情を見れば自ずと明らかでありますね。 Q: ところで、今日のテーマであります、非平均律五音音階で実験音階を作られて、作曲されたご感想は如何でしょうか? A: はい、実験音階はやっと出来たばかりですから、これから時間を掛けて実験作品を作曲して参ります。今の時点での感想としては、日本語の音感とイントネーションにより近づいた音楽を作曲し易くなったと思います。日本の伝統音階をもっと研究して、日本語歌詞を無理なく歌える非平均律五音音階を開拓したいと思います。 Q: もうすぐ、新しい五音音階による京都オペラの第一作が誕生しますか? A: いえいえ、未だ都は遠いですよ! この世に生ある間に京都オペラの作品を一つでも書き残せたら、それは望外の喜びです。40年来のライフワークですからね。 Q: この度の非平均律五音音階の実験のことは、村山先生には既にご報告されたのでしょうか? A: いえ、これからですよ。良き知らせは遅くれて来るという諺がありますね! Q: そうですか? 村山先生もきっと喜ばれることでしょうね。 A: はい、喜んで頂けると思います。変ロ短調五音音階から非平均律五音音階に到達するのに、丁度一年掛かりました。これで京都オペラを制作する理論的な準備が出来たことになります。残り少ない余生ですが、老後の全ての時間を京都オペラの制作に集中させたいと思います。 Q: 是非とも、ご健康で長生きされて、京都オペラの作品を多く残される様にお祈りしています。 A: ありがとう御座います。一つでも二つでも書ける様に精進させて頂きます。幸い今のところ健康ですからね。毎日自転車通勤でも頑張っていますよ。 Q: 交通事故にも気をつけて頂かないと! A: それは分かっています。自転車も信号を守っていますよ!(笑い) |
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Q:フォーラム担当記者 A: 大宮律人 6 JUN 2004 |
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「純正律は世界を救う」 玉木宏樹 2002 文化創作出版 |
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