東人の新居浜生活/近郊の観光地西条市市倉ファーム

市倉ファーム


市倉ファームは、平成19年に閉園しました。


   
 国道11号線を西条市内から松山方面に向かい、加茂川を渡ったら左折して川沿いの国道194号線を数km進むと看板が見える。
 関東では千葉のマザー牧場に相当する施設であろう。
 羊、馬、山羊、牛、ラマなどの動物と触れあうことができる。
 
 入り口近くには、羊が放牧されている囲いが有る。扉はゴムで閉まるようになっているが、人が扉を開けると羊が出ようとするので注意。
 
 羊の囲いの中に、小さな囲いがあり、ウサギの居る所もある。
 
 羊の囲いを抜けると牛馬舎に出る。馬への乗馬(有料 子供のみ)もできる。
 牛馬舎の馬にはそれぞれの名前と性格(温厚とか気むずかしい等)が表示されている。
 
 牛馬舎から坂道を上ると脇に大きな花壇やバラ園がある。ここの花壇はよく整備されている。
 初夏はボタンとバラ、夏はヒマワリ、秋はコスモスが咲いていたが、2000年より春の花として菜の花が植えられるようようになった。
 菜の花には早咲きと遅咲きの2種類があり、早咲きから順次遅咲きに切り替わり、5月末ごろまで咲き続けるようだ。

 花壇の西側には、目立たないが昔の竪穴式住居を復元したものが設置されている。
 近くの八堂山遺跡を模したものとのこと。

住居説明

 
 この市倉には、今から6000年も前の縄文前期の頃から人が住んでいました。
 その時代の人は、竪穴式の家に住み、狩りをやり、魚をとり、自生の草木の実を採取して、食物としておりました。
 この土地からは、当時の人が使っていた、石器や土器が、沢山、出土しています。(出土品は、市立博物館に展示)
 そこで、我々の古い祖先である古代人の生活をしのぶ、よすがにと、およそ1800年前の弥生後期の八堂山遺跡を模した半竪穴式住居の復元を行いました。
 その大きさは、原形の約1/2ですが これが、皆さん方にとって、古代ロマンへの夢を馳せるきっかけともなればと願っています。
 
 
 
 さらに進むと大きな芝生があり、芝生の周囲には鉄道のレールが敷かれて遊覧用機関車が芝生を一周するようになっている。
芝生の近くにはレストハウスがあり土産の買い物や食事ができる。

 芝生の広場から上り坂を上がると「石燧園」という日本庭園に到達する。この日本庭園はかなり大きい。
 庭園には池があり錦鯉が泳いでいる。鯉に餌をあげると争うように食らいついてくる。

石 燧 園

 
 この庭は、西に霊峰、石鎚山を仰ぎ、東に燧灘を望み見る処に位置することから、石燧園と名付けられました。
 庭の洋式は、徳川時代の諸大名が好んで取り入れた、池泉廻遊式庭園です。
 築庭に使われている石は、この地ならではの名石、伊予の青石で、1万トンを越える大量の石が投じられて居りますが、これだけの青石を使った庭は他に例をみません。
 
 この庭をつくるに当たっての制作の意図は、伊予の象徴である、霊山石鎚、清流加茂川、瀬戸内海の島々に美の根源を求め、それを縮景抽象化することにありました。
 即ち、滝の源は石鎚山を、それから流れる小川は加茂川を、そして大地は瀬戸内海
 その他に点在する大小の石組みは、内海に浮ぶ島々を現したものです。
 川の途中のゆるやかな流れは、平安の昔の「曲水の宴」の「遣水」を また、南山亭前の池泉は、愛媛県の図形を その中心に聳える巨石は石鎚山を表現しています。
 大池から西望したとき、左に見える築山は八堂山 その湧水は津越の滝、右の築山は高峠山その真中の朱塗橋は、メロディー橋を形どったものです。
 
 なお、この庭園は、和風庭園の雅趣と、欧風の牧場風景の対比についても心くばりをしておりますので、充分、ご鑑賞下さい。
 
 
 芝生の広場の近くには変形自転車などに乗れる設備もある。また、ウサギやアヒルと触れあうことができる囲いもある。

 子供に動物と触れさせて楽しめる良いスポットである。

JIFアニメはこちらから使わせていただきました。

西条市