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Structure of Japanese Traditional Music |
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村山先生、残暑お見舞い申し上げます。今年の夏は事の他暑くて、地球温暖化の脅威を肌で実感致しております。人類にとって臨界的で危機的であるこの21世紀が、地球環境を修復する第一歩の世紀となる様に祈らざるを得ません。 これまで主として西欧音楽の側からオペラの考察を進めて参りました。取り分け私達のモーツァルトを分水嶺とする古典派音楽の歴史とオペラの変遷を見て参りました。1600年のオペラの誕生より200年も前に日本では既に究極の仮面舞踊劇である能が完成されていました。世界音楽劇史上でこの驚くべき事実をもっと世界の音楽愛好家に知らしめるべきであると考えています。そこで今日は新しい日本語のオペラを制作する為にも、日本伝統音楽から何を学び何を取り入れまた何を改革しなければならないかを、大胆にご提案して見たいと存じます。 奈良時代に中国から伝わった雅楽を第一波として、ありとあらゆる音楽が主として朝鮮半島を通じて、または南海の海の道を通じて日本列島に伝わりました。日本民族は平安時代の前期までは、中国文化を模倣して学ぶ時代から、平安時代後期には日本民族独自の国風文化を開花させるまでに発展して来ました。平安時代の末期から鎌倉時代と室町時代へと至る間の伝承と実験の末に萌芽期を迎えて、今日までの日本文化の原型となる揺籃期となりました。室町幕府が京都に置かれたことにより、日本文化の本格的な醸成を導き出し、まず田楽と申楽を高度な芸術にまで高めた能が完成しました。将に日本の中世は日本文化の百花繚乱の時代であり、完成したものも、まだ完成していないものも数多登場しては消えて行った、極めて重要な時代でありました。江戸時代になり日本文化の典型が完成し、庶民にまでその広がりを見せていた19世紀には西欧文化が雪崩を打って入って来ました。「和魂洋才」などと言いながら、日本人は21世紀初頭の現在享受している、所謂「和洋折衷」文化を成熟させて、近隣諸国に輸出するまでになっています。一部はまた欧米文化圏にも盛んに輸出する分野も開かれました。しかし、音楽に関してはどうでしょうか?音楽に関しては残念ながら明治維新以来百年余にして今だに西欧音楽の模倣の時代から抜け出る事ができないでいるのです。それでは日本には音楽が無いのかと言えば、決してそうではありません。日本の伝統音楽は約1300年を経過して、それなりに完成していたかの様に思えますが、西欧音楽の歴史と比べれば本質的にも異なる要素を孕むとは言え、随分と見劣りのする情勢は否めません。今後の日本音楽の歴史的発展は必ずあるものと期待しつつも、これまでの日本の伝統音楽の特長を西欧音楽と比較して分析してみると、幾つかの基本的な要素において、日本伝統音楽の現実を幾らか客観的に見ることが出来ると思うのです。以下の四つの点において日本伝統音楽の特長を端的に捉えることが出来ます。 (1) 非同期的 Non-synchronous 能の伴奏音楽でも、歌舞伎の伴奏音楽でも、歌と音楽が同期していないという特長があります。歌と音楽がそれぞれ別々の世界を持ち、お互いに同期せずに居て全体としては統一世界を演出するという、世界でも珍しい次元の音楽を持っています。歌と音楽のテンポが一致しないということで、多元テンポによる非調和音楽とは、日本の伝統音楽そのものの特長でもある訳であります。 (2) 非拍動的 Non-rythmical 音楽における三大要素の一つである、リズムが日本伝統音楽では定型的とならずに、一部においては無拍動に転化して、非常に長い間延びしたテンポを形成することもあり、また中国音楽が輸入されても、リズムも間延びしてテンポも遅くなるという特性を見せる。「越天樂」が現代の「黒田節」となるには1000年以上の歳月が流れているが、日本人のお得意の歌謡曲の原型を与えたのもこの「越天樂」であった。元来、「序破急」はアジア大陸共通の音楽の基本理念であり、テンポが終わりに近づく程速くなるという国際的な特性が、日本に輸入されるとリズムは間延びしてテンポは著しく遅くなるのである。非拍動的な要素は究極的には「無拍」という、世界の音楽史上稀に見る現象を生み出した。無拍 Arythmia とはリズムを持たない音楽のことで日本の伝統音楽にしかないものであるが、無拍の音楽を作曲するのは至難の技であると言わなければなりません。 (3) 非調和的 Non-harmonic 音楽の三大要素の一つであるハーモニーが無いという特長を持つのも日本の伝統音楽である。ハーモニーは西欧の教会によって合唱の為に生み出された7音音階によって確立されたものである。ハーモニーは旋律中心の中国音楽にも無い要素であり、日本の音楽もハーモニーは持たなかった。ルネサンス以前の世界は特長の差こそあれ、全て5音音階で音楽が作られていたと考えられるが、5音音階では基本的に和声という概念は育ちにくいのではなかったか。 (4) 非旋律的 Non-melodic 第4の要素として、非旋律的 Non-melodic という特長もあるが、これまでの三つの要素と共に日本伝統音楽の際立った特性と言わなければなりません。これらの要素を欠くことは、西欧的音楽世界では、音楽が存在しないに等しい事を意味すると言っても過言ではない。 この様に、非同期的で、非拍動的で、非調和的で非旋律的である音楽は現代の世界音楽史上では却って、希少価値のある存在であると言うことも出来る。能の舞台や歌舞伎の舞台をご覧になる時に、音楽の要素に着目して頂きたい。歌と言ってもここでは「謡い」と呼ばれる謡い方であり、西欧音楽でいう歌とは全く異なる謡い方なのである。この謡い方は「声明」から来ていることは周知の通りであります。それでは、日本の伝統音楽のこれらの特長は、西欧音楽の理論からすれば音楽の定義の枠を超える問題でありますから、音楽としての価値が無いのかと言えば全くそうではありません。日本の音楽の発展も止まっている様に、現代は西欧の音楽も発展が止まっている様に見えます。モーツァルトが完成させた古典派音楽の形式を200年以上係って、モーツァルトの後輩達がバラバラに壊してしまったからであります。ワーグナーは取り分け激しい壊し方をした作曲家ですが、まだハーモニーやリズムは残している。現代の無調音楽やサイコロ音楽に至っては、西欧音楽もここまで崩壊したのかと嘆かざるを得ないという印象を持ちます。混沌とした現代音楽から再び美しい音楽を再生するには、日本伝統音楽が頑なに守って来た、これらの特長は必ず役に立つものと信じるからであります。混沌 Chaos の中に居て全体の統一を保ってきた日本の伝統音楽には本当に見るべきものがあります。「和して同ぜず」という哲学を日本建国の国是とした聖徳太子の精神にも合い通じるものがあるのでしょう。日本の伝統音楽には更に即興性の要素が大きいという特長があります。これらの要素の一つひとつについては後日ゆっくりと分析して参りたいと考えます。音楽に於ける即興性は、音楽の根源的な要素のひとつであり、現代音楽が忘れて久しい要素でもあります。また、日本伝統音楽に使用されている楽器そのものの魅力にも注目する必要があります。フルートと篠笛、オーボエと篳篥、ギターと琵琶や三味線、ハープと琴など、同じ分類に属する楽器群でも、音色や演奏法には根本的な相違があり、日本伝統楽器の方が微分音や連続的音程変化を表現出来る能力を持つ事例も多い。音階の問題も含めて、今私達が最も必要としているのは、日本音楽と西欧音楽を結びつける手段なのであります。それには両系統の音楽の歴史を遡らないと見つからない事も自明であります。2020年までに見つかると我が晩年の至福ともなり得ますが、もう時間が無いかも知れませんね! 日本の舞台芸術では西欧の常識では考えられない現象が見られる事があります。例えば歌舞伎では既に幕が降りているのに暫くの間、拍子木の連打音と三弦の低音部が鳴り続けていることがあります。オペラが閉幕してからは音楽が演奏されることは有りません。これは幕が降りて家路に着く観客への見送りのサービス精神から来ているのでしょうか。幕が開く前に演奏するのを「前奏曲」 Prelude と呼びますが、幕が降りてから演奏されるのは「後奏曲」 Postlude と呼ぶべきものと言えるかも知れませんね。元来は教会の礼拝が終わった後、帰る信徒達を見送るオルガン曲のことを言うそうでありますが、オペラが終わった後に軽く演奏する音楽であっても良いと考えます。 |
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11 Aug 2002 revised 25 Jan 2004 |
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