モーツァルトのオペラにおけるアリアのリレー

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Ky-089

Relayed Arias in Mozart's Opera

村山先生、おはよう御座います。早くも7月になりましたが、夏と言えばジャズタウンの準備で毎日忙しくしております。さて、モーツァルトの晩年の四大オペラの内、「フィガロ」「ジョヴァンニ」「コシファン」と続く三作品では、最も有名なアリアや二重唱が歌い継がれている事に気付きました。「フィガロ」第一幕の最後に歌われる第9曲でフィガロが小姓ケルビーノをからかって歌うアリア「もう飛びまわれないぞ!」と全く同一のメロディーが、「ジョヴァンニ」の第二幕のフィナーレの冒頭に突然この曲が演奏されます。召使のレポレルロがつまみ食いをしているのを見つけたジョヴァンニがレポレルロをからかう処を「もう飛びまわれないぞ!」の音楽に乗せて二人が二重唱します。「フィガロ」は1786年5月1日にウィーンのブルク劇場で初演された後、同年12月プラハで上演され熱狂的な成功を収めました。そしてプラハ市民が熱望しモーツァルトもプラハ市民の為に書いた「ドン・ジョヴァンニ」も1787年10月29日にプラハ劇場で初演されてプラハ市民の熱狂的な支持を得ました。「ジョヴァンニ」の第二幕で「もう飛びまわれないぞ!」を短く引用したのは、モーツァルトのプラハ市民の熱い支持への感謝の気持ちからではないかと思います。当時のプラハ市民は、よく聴き慣れた「もう飛びまわれないぞ!」のメロディーを「ジョヴァンニ」で聴いた時には大喝采を送ったに相違ありません。プラハ市民は今でも「ジョヴァンニ」はモーツァルトがプラハ市民の為に書いたオペラであることを誇りに思っていて、200年以上を経た現在でもその初演時の台本の通りに上演を続けています。
次の作品である「コシファントゥッテ」では「ジョヴァンニ」第一幕第7曲で歌われるジョヴァンニとチェルリーナの二重唱「あそこで手を取り合って〜」とほぼ同じメロディーが登場します。「コシファン」第二幕の第23曲でグリエルモがドラベルラを誘う処で二人が二重唱しますが、この音楽がジョヴァンニとチェルリーナの二重唱とうりふたつであります。「ジョヴァンニ」ではジョヴァンニが美しい村娘チェルリーナを誘惑するために、「君は農婦になる女ではない、私と結婚すれば幸せにして上げる」と言い寄り、マゼットという人の良い婚約者のあるチェルリーナを言葉巧みに口説く処で歌われる二重唱が、「コシファン」では士官グリエルモが恋人フィオリデリージの妹ドラベルラを芝居の為に口説く時に歌う二重唱になりました。チェルリーナもドラベルラも迷いながらも言い寄る男になびいて行く女心の機微を表現する音楽として、どちらもそれに相応しいメロディーが戸惑いのテンポで見事に歌われます。前作のヒット曲を引用するのは、モーツァルトの茶目っ気のためでもあり聴衆に対するサービス精神からでもありましょう。200年以上を経過した現在でも、モーツァルトのオペラを聴く時には懐かしい前作のメロディーに再会すると本当に心楽しいものがあります。誰でも知っている有名なメロディーを新しい作品にも引用する手法はモーツァルトならではの特技とも言えるでしょう。モーツァルトの晩年の四大オペラ作品はそれぞれに異なる性格のオペラでありながら、前作のヒット曲を引用するのは冒険でもあります。しかし、最終作品の「魔笛」に到っては流石に前作からの引用は有りませんでした。言語もイタリア語からドイツ語に代わり、音楽も物語りもそれ以前の三作とは全く別の世界のオペラでありますので前作からの引用は有り得なかった訳であります。「コシファン」は台本の内容も重唱の多いその音楽も斬新であり、200年以上経た今日でも全く新しい感覚で書かれてあり、古典特有の古くささを少しも感じさせません。モーツァルト全作品を新しい順に聴き始めた処ですが、オペラでは「ティートの慈愛」「魔笛」と来て「コシファン」の順番になってからは先へ進めなくなりました。前奏曲からアリアと多くの重唱の音楽の素晴らしさに感動を覚えて、「コシファン」だけは例え1000回連続で聴いても聴き尽くせないと知りました。
モーツァルトのオペラ作品全てが素晴らしい古典作品となっていますが、1790年1月26日にウィーンの宮廷劇場で初演されてから150年間も忘れられていた「コシファンテゥッテ」こそモーツァルトのオペラ作品の
最高峰であることに漸く気付きました。その「コシファン」の中に「ジョヴァンニ」を見出し、更に「ジョヴァンニ」の中に「フィガロ」を見出してモーツァルトのオペラを聴く楽しみが倍増した事を喜んでいます。モーツァルトのオペラ一つだけ取りなさいと言われれば、私は敢えて「コシファントゥッテ」を残したいと思います。また、「コシファントゥッテ」の作品名そのものが、「フィガロの結婚」の第一幕第7景でアルマヴィーヴァ伯爵がフィガロの婚約者スザンナを誤解して「浮気女だ!」と罵るのを音楽教師バジーリオが「Cosi fan tutte le belle! 美しい女はみんなこうしたもの」と諌める台詞から取られたことも特筆すべきであります。この三連作はダ・ポンテの台本にモーツァルトが作曲した作品群でありますが、このように同じペアで続けて制作したので、前作からの引用も容易であった訳であります。モーツァルトはその後に「魔笛」という全く趣の異なるオペラ作品を残しましたが、ダ・ポンテはウィーンを離れてロンドン、ニューヨークと渡り歩いたがこれというオペラ台本を書くことは出来なかったのであります。ダ・ポンテはモーツァルトとしか書けなかったのに対して、モーツァルトはダ・ポンテ以外の作者の台本でも傑作オペラを書くことが出来た史実を忘れてはなりません。

雁文の途絶えし夜は狂おしく、声無き空に心乱るる!

When bird mail not received at night, my heart was broken seeing the sky !

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1 JUL 2002

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"New Standard Music Dictionary " 1991 Ongaku no tomo sha

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モーツァルト大全集・オペラ対訳集 1991 ポリドール 音楽之友社

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