グルック:「オルフェオとエウリディーチェ」

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Ky-076

C.W.Gluck : "Orfeo ed Euridice"

村山先生、今晩は。今日はグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」についてご報告致します。この作品は1762年にウィーンの宮廷劇場で初演されました。台本はラニエロ・ダ・カルツァビージによるイタリア語、後にピエール・ルィーズ・モーリンによるフランス語版も書かれ、パリ初演は1774年でした。この物語は1600年にカメラータ達により現存する最初のオペラ「エウリディーチェ」として制作された後、1607年にモンテヴェルディによりマントヴァで初演された、オペラ草創期の代表的な題材であり、ギリシャ神話の有名な物語から取られています。ギリシャ悲劇を音楽劇として再現しようとしたカメラータ達にとってギリシャ神話がその主な題材となっていました。そしてグルックは162年後に将に画期的な「オルフェオ」を作曲して私達のモーツァルトにオペラの松明を直接手渡しました。その音楽的特徴は全稿で取り上げた通りでございます。
グルックの「オルフェオ」は
登場人物は三人だけで、オルフェオ(MsまたはA)、エウリディーチェ(S)、愛の神アモーレ(S)の他に羊飼い達、精霊達、地獄の妖霊達、復讐の三女神、森の精達など。今回のデータは1982年2月8日、英国グラインドボーン・オペラ・フェスティバルでの収録で、指揮レイモンド・レパード、演出ピーター・オール、演奏ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団。出演はオルフェオにジャネット・ベイカー、エウリディーチェにエリザベート・シュパイザー、愛の女神アモーレにエリザベス・ゲイル。合唱はグラインドボーン・フェスティバル合唱団、合唱指揮ジェイン・グローヴァー、通奏低音のハープシコード奏者はジャン・マランデール、デザインと照明はジョン・ベルー等の皆さんでした。その他に多数のダンシング・チームと無声の役者が出演しています。オルフェオ役のジャネット・ベイカーは愛の神への約束とエウリディーチェとの間の苦しい葛藤をよく歌った。エウリディーチェ役のエリザベート・シュバイザーも愛の神との約束も知らないまま、オルフェオへの悲嘆と絶望をよく演じた。アモーレ役のエリザベス・ゲイルは愛の神の役を無難にこなしたと言えよう。ロンドン・フィルもマイルドな音色で劇的高揚感には物足りないが、美しく長閑な音楽をゆっくりしたテンポで聴かせてくれた。舞踏団は軽快に速いテンポにも対応できていた。合唱団も十分に効果的であった。ピーター・オールの演出は狭い劇場では精一杯の仕事をしたと評価できる。レイモンド・レパードの指揮にはもう少し緩急の変化が欲しいと思った。
物語は三幕構成でまず、楽しく軽快な旋律を含む前奏曲が演奏されると、
第一幕はエウリディーチェの墓のある森、オルフェオが悲嘆に暮れていると、村人達が大勢来て墓所に献花している。エウリディーチェを諦められないオルフェオは悲しげな合唱曲を背景に、「エウリディーチェ! エウリディーチェ!」と何回も空に叫んでいる。「妻よ!何処にいる? 私も死んでしまいたい〜ああ、木霊だけが答えてくれる」と何度も叫ぶ。すると、愛の女神アモーレが上空から現れて、「エウリディーチェを探しに行くがよい。お前の甘い竪琴の音色が天に届けば、神々の怒りも収まろう〜。しかし、会っても振り返ってはならぬ。見てはならぬ。見ればお前は永久に妻を失うであろう」と告げる。
第二幕第一場は地獄の門。オルフェオが近づくと不気味な妖霊達が行く手を阻む。テンポの速い踊りと共に地獄の妖霊たちの合唱が起こる。「地獄の門に入ろうとする者は誰か? 復讐の女神は神の身ならぬ者はここを通さぬ。地獄の番犬ケルベロスは神の身ならぬ者はここを通さぬ」と。オルフェオは竪琴を高く掲げて歌う、「私の悲嘆があなた方の同情を誘わないか? 〜私を通してほしい」と。妖霊たちの合唱、「否!」と。オルフェ、「どうか私に憐れみを〜」 合唱、「否!」を何回か繰り返す。オルフェオ、「妖霊達よ、私は幾千の苦しみに耐えてきた〜私の愛する人を恋うて涙し嘆く私を見れば、あなた方の怒りも和らぐはず〜」と歌えば、合唱は「何とは分からぬが憐れみの情に、我等の怒りが和らぐ〜今、地獄の門は開かれる! 勝者は思うままに足を踏み入れるがよい!」と遂に地獄の門を潜ることが出来た。音楽のテンポが速くなり、オルフェオを称えて、妖霊達の踊りが始まる。暗さの中にも喜びを見出す舞踏音楽がかなり長く続く。第二幕は幸せの地、テンポを落として幸福感に溢れる旋律が流れる中、天国の精霊達はエウリディーチェを裸にして古い着物を脱がせて、新しい紫の着物を着せる。テンポは遅くフルートの高音が通奏低音の伴奏に合わせて美しく流れて、精霊たちの優雅なスローモーションの舞いが舞台に広がる。男女の精霊達は上半身を半分露出して、左の乳房を露にして踊る女精霊もいる。エウリディーチェは歌う、「ここは安らぎと静けさの野、ここは喜び溢れる幸せの地、快い安らぎと幸せに、悲しみはみな消え去り、あるのは今は晴れやかな思いばかり〜」と。一同が退場すると入れ替わってオルフェオが到着する。鳥の声を真似る美しい音楽が流れる中オルフェオが歌う、「何と澄んだ空、何と明るい太陽、ここには何と新鮮な光があることか、何と甘く心地よく響くことか、この谷の囀る美しい鳥の声は、風のささやきも川のせせらぎも、ここでは何もかもが永遠の安らぎを誘うようだ〜しかし、このあたりの静けさは私を幸せにはしてくれぬ、エウリディーチェだけだ、私の心から悲しみを消してくれるのは!」と。すると精霊達の明るい合唱が聞こえる、「この安らぎの地においでなさい、強き上に心優しき者よ、世に稀な者よ、愛の女神がエウリディーチェを、あなたに返されます、エウリディーチェは既に甦り、もとの美しさを取り戻しました〜エウリディーチェは既に、生き返っています、エウリディーチェは既に、取り戻しています、もとのままの美しさを!」と。長い有名な間奏曲が流れて、オルフェオの歌うアリア、「安らぎの国の精霊達よ、私の捜し求める妻を返してほしい、私がどれほど愛の炎に、身を焦がす思いをしているか、それを知ってもらえたら、再び妻に口づけを許されるはず、どうか願いをかなえてほしい」と。精霊達の合唱、「天の慈悲で妻は返されましょう、美しい人よ夫のもとへ帰りなさい、天はあなたと引き離されて嘆く、あなたの夫を憐れまれました、黙って天の命に従いなさい、誠ある夫のそばはこの国同様に、やはり至福の場です、天の意にまどうことはありません〜」と。目隠しをされたエウリディーチェの手を取り、左手に竪琴を持って出発しようとするオルフェオであるが、エウリディーチェが目隠しを取り、オルフェオを見ようとすると顔を背ける。
第三幕第一場は暗い洞窟の闇の中、テンポの遅い行進曲風の音楽が流れる。オルフェオ、「さあ、私についておいで、ただ一人の愛する妻よ!」 エウリディーチェ、「あなたですの? 本当に? 私をうごかしたのは?」 オルフェオ、「私だよ、生き身のオルフェオだよ、私はお前を捜しに生きたまま、死者の国に入ったのだ、まもなくお前はもとの世界の、空と太陽を見られる」 エウリディーチェ、「わたしもあなたももとの世界へ? でもどうすれば?」とレチタティーヴォが続く。しかし、エウリディーチェはどうしてオルフェオが自分を見ないのかを理解出来ない。また、オルフェオもそれを約束により言えない。双方の苦しみの葛藤が激しく続いて、朗誦風のレチタテイーヴォは延々と重苦しく続く。エウリディーチェ、「何故手を離すのですか? あんなに愛した私をご覧になりませんのね、こんな喜びの時に何故、よそよそしくなさいますの? この目に魅力が失せまして?」 オルフェオ、<死ぬ思いだ(独白)> 「さあ行こう、先を急ごう、望み通りにしてやりたいが、神の意があって出来ぬ」 エウリディーチェ、「せめて一目だけ〜」 オルフェオ、「見れば不幸になる」 エウリディイーチェ、「まあ、ひどい! それがあなたの仕打ちですの? こんなに愛したお返しがこれですの? ああ、何という運命! 口づけを願っても拒むあなたと、再び共に暮すことになるとは〜」 オルフェオ、「拒んではいない、それは邪推だ、さあついて来るのだ、いとしい妻よ」 エウリディーチェ、「あなたと生きるより死ぬ方がましです」 オルフェオ、「何ということを!」 エウリディーチェ、「私をおいてって!」 オルフェオ、「ならば私も死者の霊となって、お前と共にいよう」 エウリディイーチェ、「そう言われるならなぜ、こんなに冷たくなさいますの?」 オルフェオ、「たとえ辛さのあまり死んでも、そのわけは言えぬ、私たちへのお恵みの大きさに、神よ、有り難さが身にしみます、けれどお恵みに伴う苦しみは、耐えるにはあまりに辛過ぎます」と、忍耐の限界に近づいている。この二人の対話は、男女間の普遍的な主観の相違を象徴的に表しているとも言えますね。愛し合うが故にすれ違うことはこの世でも良くあることですから。そして遂に二人の二重唱、オルフェオ、「もう耐えられそうにない」 エウリディーチェ、「私は静かな忘却に安じていたのに、それを突然の嵐に巻き込まれ、心は乱れるばかり〜」 オルフェオ、「神よ、死にそうです!、息が絶えそうです! 苦しさに気が遠くなり死にそうだ〜」 エウリディーチェ、「何と恐ろしい出来事! 何と酷い運命! 死からこんな悲しみの生に、引き戻されるとは!」 音楽のテンポは速くなる。オルフェオ、「こんな苦しみがまたとあろうか?」 エウリディーチェ、「私を見捨てるのですか? 私が嘆き悲しんでも、憐れんでさえ呉れませんのね、何という運命! 今度はあなたに抱かれずに、死ぬことになるでしょう」 音楽のテンポは更に速くなる。 オルフェオ、「もう我慢できぬ! 自制が失われそうだ! あの約束も何もかも忘れそうだ!」 エウリディーチェ、「オルフェオ、わたしはもう力つきそう〜」 オルフェオ、「お前が分かりさえすれば〜<ああどうしよう!>一体何時までこの苦しみは続くのだ?」 エウリディーチェ、「わたしが死んだら、名を思い出すくらいは、せめて〜」 エウリディーチェは気を失う。オルフェオ、「この辛さ! 胸が張り裂けんばかりだ! もう耐えられぬ! おかしくなりそうだ!」 オルフェオは立ち上がり遂にエウリディーチェを見る! オルフェオ、「ああ、愛する妻よ!」 エウリディーチェも立ち上がり二人は固く抱き合う! エウリディーチェは「何だか変だわ〜」と言って力尽きる。 エウリディーチェを固く抱いたまま歌うオルフェオ、「とうとうやってしまった! 恋しさに負けてしまった!」 音楽が変りテンポも少し遅くなる。オルフェオ、「エウリディーチェ! エウリディーチェ! 愛する妻よ! 私のせいで死んだ妻には、もう呼び声も聞こえない、妻を死なせたのは私だ、酷い約束が悔やまれる、こんな苦しみはまたとない! こんな悲しい日となっては、お前と共に死ぬより他にない!」 音楽が再び変りテンポも遅くなる。オルフェオのアリア、「エウリディーチェを失って、私はどうすればよい? 愛する妻をうしなって、何処へ行けばよい? 愛するこの人なしに、何処で何をすればよい? エウリディーチェ、エウリディーチェ、 おお妻よ、答えてくれ! 答えてくれぬか! 私にはもはや救いも希望もない、 この世にもあの世にも救いはない!」 死んだ妻の上に覆い被さって、歌い続けるオルフェオ。「永久に逃げたい、 命と引き換えにこの苦しみから、 私は再び地獄の門の入り口に行こう、 妻を隔てる道は決して遠くはない、 待っていてくれ、いとしい妻の霊よ! 今後も一人で、あの世の川を渡らせはしない、 妻と引き離されたままでいられるものか! 私は神に挑んでやる!」 立ち上がってナイフで自害しようとすると、上から愛の神アモーレが現れて、「オルフェオ、何をする!」と言ってナイフを取り上げる。オルフェオ、「誰だ、私を止めるのは? これ以外に私に道があるというのか?」 アモーレ、「気を静め、愛の神アモーレを見るがよい! 愛の神はお前の運命を司る者」 オルフェオ、「私にどうしろと?」 アモーレ、「妻へのお前の気高い愛は証明された、 愛の神の名誉にかけて、 お前を不幸にはせぬ、 エウリディーチェをお前に返そう」 エウリディーチェが起き上がる。 オルフェオ、「愛する妻よ!」 エウリディーチェ、「オルフェオ!」 オルフェオ、「ああ、どれほど愛の神に感謝しても足りません」 アモーレ、「私を信じ、愛する者同志、 またもとの世界に戻るがよい、 愛の味わいは幾千の苦悩を忘れさせよう」 第二場では、二人は愛の神殿に迎えられて、神々と人々から祝福を受ける。明るく幸せな音楽が流れて二重唱と合唱が続く。オルフェオ。「愛の神アモーレに勝利あれ! 全世界の愛の神を称えんことを! 時として辛く感じた愛の試練も、それにより喜びは大きくなった」 合唱、「愛の神アモーレに勝利あれ! 全世界の愛の神を称えんことを!」 アモーレ次いで合唱、「愛する女の固くなさに、 男は時に悩み絶望しよう、 だが愛し続ければいつか、 女の心を得て苦しみを忘れよう」 エウリディーチェ、「嫉妬は身も心もさいなみます、 けれど愛を信じれば救われます、私の心を苦しめた怒りも、 ついには幸福になりました」 合唱、「愛の神アモーレに勝利あれ! 全世界の愛の神を称えんことを!」 幼い天使が運んで来た愛の坩堝が二人の間に置かれて、上空からアモーレが点火する。愛の神を称える踊りが続く。アモーレが降りて来て二人の手を繋いだ後、再び上空に。エウリディーチェ、「尊き愛の神よ、あなたのお与えになる苦しみは、 愛の喜びです」 オルフェオ、「愛の神のお与えになる枷は、 こよなく甘い自由です」 アモーレ、「私がわずかでも望むと、 人の心は甘い愛に酔いしれる」 三重唱、「私の火が人の心に燃えれば、 空に明るい光がさし、 涙さえ妙なる喜びとなる、 あなたにじっと目を注げば、 天上にいる思いがする、 愛の神の恵みにより、 二人の苦悩は歓喜となった」 フィナーレの音楽が始まる。 アモーレの合図で天上の神々も降りて来て二人を祝福する。神々から手渡された愛のたすきを二人が受け取り、十字に結んでその長いたすきを客席の後ろまで伸ばし、更に二階席までリレーして伸ばして行く。二人が登る太陽に向って手を取り合って進んで行くと共にフィナーレの合唱、「愛の神アモーレに勝利あれ! 全世界の愛の神を称えんことを!」が二回繰り返されて幕が降りる。
グルックの音楽は美しい旋律と宮廷音楽に相応しい気品があり、モンテヴェルディ以来のオペラを改革して、彼自身の後任の宮廷作曲家であるモーツァルトにバトンを確実に渡した歴史的功績は大きい。モーツァルトのオペラで花開くアリアもグルックにより開花直前の状態にまで育てられていたのである。レチタティーヴォも美しく、合唱にも重要な役割が与えられた。前奏曲と間奏曲も本格的に採用されていた。このオペラが初演されたのは、モーツァルトの「後宮よりの逃走」が同じくウィーンで上演される20年前のことであった。

オペラてふ歌の芝居は始まりぬ、遠きギリシャの神の話よ!

Musical drama named Opera is a rebirth of Greek mythology in 1600 !

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9 Feb 2002

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Classica Japan 2002 ・ 「オペラ全集」 1980 芸術現代社

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