モンテヴェルディ:「ポッペアの戴冠」

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Ky-073

C. Monteverdi : "L'Incoronazione di Poppea"

村山先生、引き続いてモンテヴェルディの「ポッペアの戴冠」についてご報告致します。クラウディオ・モンテヴェルディ(1567−1643)は1607年の「オルフェオ」、1641年の「ウリッセの帰還」と今回の1642年の「ポッペアの戴冠」の三作は楽譜が残されていますが、第一作の「オルフェオ」以来実に35年後の最晩年の作品が「ポッペアの戴冠」であります。オペラの歴史上最初の100年での完成者であるモンテヴェルディの最高傑作がこの「ポッペアの戴冠」であり、歌詞を重視して音楽は通奏低音としての伴奏の役割を果たす時代のオペラの傑作であります。序章や間奏曲は中世的な響きを残して、単純な旋律の繰り返しに終始しますが、これほど徹底的に繰り返すと迫力が生じて来ます。言わばレチタティーヴォの究極の形式を示していて、100年後にモーツァルトにバトンを渡す歴史的準備を完了した重要な作曲家であります。アリアとレチタティーヴォの区別もはっきりしません。単純な繰り返しを修飾するために高度なコロラトゥーラを技巧的に駆使しますので、緊張感を持って歌い上げる時は宗教曲とも感じられます。合唱曲は何箇所かありますが、モーツァルトのオペラにおける様な重要な役割はありません。モンテヴェルディの時代のオペラは「語り物オペラ」の時代と言えるでしょう。しかし、その簡素な形式と室内楽的な構成は、今日の巨大化したオペラへの反省と共にオペラの原点に返る時、21世紀の我々に豊かな示唆と模範を与えてくれる歴史の鏡でもあります。
さて物語はタキトゥスの「年代記」から、G.F.ブッセネロが台本を書いたイタリア語オペラであります。史上有名な暴君ネロが皇后オッターヴィアを退位させ、愛人のポッペアを皇后に据えるという話でありますが、ポッペアはひ弱な女性ではなく、ネロ(オペラではネローネ)に上手く取り入って、ポッペアとの結婚に批判的な哲学者セネカを追放して自殺に追い込むなどネロ顔負けの権力を持ちます。実際の史実ではポッペアもまたネロによって殺される運命にありますが、オペラでは戴冠するところで終わっています。今回の作品は演出がクラウス・ミカエル・グリューバー、指揮はマルク・ミンコフスキー、演奏はルーブル宮音楽隊と同合唱団。出演はローマ皇帝ネローネにアンネ・ソフィー・フォン・オッター(S)、ネローネの愛人ポッペアにミレーユ・ドランシェ(S)、ネローネの妻・皇后オッターヴィアにシルヴィー・ブリューネ(Ms)、ポッペアの夫で武将オットーネにシャルロット・アレカン(A)、ポッペアの老乳母アルナルタにジャン・ポール・フシェクール(A)、哲学者セネカ(B)に重低音の素晴らしい名前不詳の歌手、オットーネに恋する女官ドルシルラ(S)役の歌手も氏名不詳、その他に二人の兵士(共にT)、オッターヴィアの乳母(Ms)、小姓(T)、使いの神メルクリオ(B)、プロローグに登場する愛の神(S)、徳の神(S)、運命の神(S)等など。1999年のエクサンプロヴァンス音楽祭での記録がClassica Japanによって放映されました。
日本の能舞台を連想させる様な簡素な舞台と、登場人物がゆっくりとすり足で出てくる処など能を意識していると読みました。歌手は歌い終わると速やかに舞台から降りて行きます。もちろん面は使われていません。物語の主要な人物が全て女声で構成されているのも注目すべき配役であります。初期の歌舞伎や現代の宝塚歌劇をも連想致します。アンネ・ソフィー・フォン・オッターは女声ながらローマ皇帝ネローネ役をよく演じたが、ソプラノ故に皇帝としての迫力には欠けるが、ポッペアに首っ丈の恋心や自らの師であるセネカがポッペアとの結婚に反対するので追放を命じる処などは歌い方に工夫が見られる。モンテヴェルディが初めからネローネを女声ソプラノと決めていたとすれば、その意図するものは何か? また、ポッペアの夫である武将のオットーネも女声アルトである設定になっている。セネカの男声バス、ネローネの衛兵二人男声テノール以外は主要な配役は全て女声で占められている。この歴史的な物語をオペラとして上演するのに、女声だけで演じる理由をまだ解明出来ません。当時の何か社会的な事情や慣習に拠るものか、それとも敢えて女声だけで演じることに拠って、返って男女の対決をより鮮明に表現しようとしたのか? リヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」で公爵夫人(S)に恋する主人公オクタヴィアンが女声(Ms)の指定であるのを想起しますね。ある公演でのブリギッテ・ファスベンダー(A)の歌唱と演技が素晴らしかったのを思い出します。ファスベンダーはヨハン・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」でもオルロフスキー公爵を歌う当たり役も持っている。ポッペア役のミレーユ・ドランシェはネローネに甘えるかと思えばネローネを支配しようとする気性の激しさを垣間見せる。その乳母役のジャン・ポール・フシェクールは乳母として可愛い娘の様なポッペアに忠言してもポッペアは聞き入れないので匙を投げるが、ポッペアが皇后に決まると貴族になった喜びを歌うなどベテランの存在感を示した。オットーネ役のシャルロット・アレカンは自分の妻をネローネに奪われる苦しみと皇后オッターヴィアの命令でポッペアを暗殺する計画を実行するなど複雑な心理を素直に歌い上げた。オッターヴィア役のシルヴィー・ブリューネは追放の憂き目を見る悲運な皇后の立場と苦悩をよく歌い上げた。
モンテヴェルディのオペラはモーツァルトの時代の到来を準備することで歴史的な役割を果たした。モンテヴェルディ以後のオペラ作曲家は数少ない。「奥さま女中」のペルゴレージ、「オルフェウス」「タウリスのイフィゲニア」のグルック、「薬剤師」のハイドン位しかいない。その中でグルック(1714−1787)が最も影響があったと思われます。イタリア歌劇の古い体質を改革した唯一の作曲家でしたが、その要点は(1)歌詞を主として音楽を従とする。(2)技巧的な歌唱法を制限した。(3)序曲を重視する。(4)歌詞の内容により管弦楽法を変化させる。(5)アリアとレチタティーヴォの違いを強調しない。モーツァルトの立場から言えば、(2)(3)(4)には賛同出来るが、(1)と(5)には同意出来ない処であります。モーツァルトによってオペラが歴史的な完成を見る時、音楽が主で歌詞が従の位置に替わること、アリアをレチタティーヴォから際立たせることが実現して今日に至っていることを考えると、モーツァルトがオペラ史上の分水嶺を形成している事に改めて深い感慨を覚える者であります。

いとおしき君が港に帰り来ん、白波越えていのち果つ間に!

I'll come back to your port, over white waves before my life end !

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22 Dec 2001

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Classica Japan 2001 ・ 「歌劇大事典」 音楽之友社 1962

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