京からアテネヘ

music forum

Ky-069

From Kyoto to Athene

19 Oct
村山先生: おはようございます。台風一過して随分と寒くなりました。初秋を過ぎて早くも晩秋へと季節は移りつつあります。芸術の秋と呼ばれますが、本年は私達にとって特別な秋でございます。念願の四大オペラ制作が遂に始まったからであります。オペラは1600年頃にフィレンツェで生まれました。その目的は将にギリシャ悲劇の復活にあったのですが、出来上がったものは仮面を用いず、モノディ形式という新しい朗誦形式に音楽を付ける音楽劇でした。まだアリアも際立っておらず、合唱も全面には出て来ませんでした。モンテヴェルディによりモノディ形式はレチタティーヴォとして完成されて、その100年後にオペラの松明は我等がモーツァルトに手渡されると瞬く間にオペラは朗誦より音楽性を高めて、今日の音楽が歌詞より全面に出るオペラ形式が完成しました。沢山あるモーツァルトのオペラでもやはり最後の四大作品が何と言っても最高であります。私達はもう一度このモーツァルトの四大オペラを研究して、オペラの歴史を学び、思いは遥かにギリシャ神話の古里であるアテネまで遡るのであります。言わば「京からアテネヘ」という長い歴史的街道を行く思いであります。アテネの名の由来は、アテナという知恵と工芸の女神の名から来ています。2500年の歴史を誇り、京都の約2倍の歴史を持っています。私達のこれからの長い制作過程は、京都からアテネまで歩いて行く様な長旅でありますが、21世紀の新しいオペラを創造するためには、この歴史の道を遡るしかありません
私達のオペラの原点に返る歴史の旅では、幾つかの大きい発見が有るでしょう。それはレチタティーヴォの改革と口開き仮面の再利用であります。
仮面は登場人物全員が着けると返って鬱陶しいので、必要最小限の使用に留めたいと思います。能面の様に全面ですと、思い切り歌えないので口元は開ける仮面になります。仮面は着けるだけで瞬間的に変身することを意味します。この仮面の舞台的効果を有効に取り入れたいと思います。仮面の使用は古今東西その歴史があり、日本でも中国でもまた世界中で仮面劇が現存しています。NHK教育テレビを見ると毎日の様に子供向け番組で、仮面童話劇が流されています。縫いぐるみの人形と共に仮面を着けた配役が子供達に夢を与えているのが良く分かります。
もう一つの重要な問題であるレチタティーヴォの改革は幾つかの難しい条件を超える必要があると思います。それは「語り物」と呼ばれる初期の朗誦形式からモーツァルトが完成させた音楽形式に至る中間の歌唱形式ですが、現在までアリアと合唱と並んでレチタティーヴォとしてアリアと合唱の間を繋ぐ役割を果たしています。日本の能や歌舞伎は現在でもレチタティーヴォだけで演じられる段階から抜け出せないでいます。中国の演劇がルーツである
日本のこれら伝統芸能が何時までもその成立時代の様式を超えられないのは何故でしょうか。中国のオペラである各地の伝統歌劇はレチタティーヴォよりもアリアを重んじて来ましたが、合唱はまだ前面には出て来ませんが、仮面は中国でも古くから使用されています。歌劇はそれぞれの発祥した国の言葉で歌われるのを基本としているので、レチタティーヴォもそれぞれの言語の制約を受けています。イタリアで生まれたオペラですから、イタリア語によるレチタティーヴォに問題があるのであって、日本語でオペラを書く場合は日本語の音楽的特性を十分に引き出せば良いと考えます。イタリア語で書かれたレチタティーヴォを日本語に替えただけでは問題は解決しません。むしろジングシュピールの様に、会話体を短く挿入した方がより相応しい場面もあります。モーツァルトはレチタティーヴォの改革でも成果を収めました。「コシファン」の第二幕の冒頭で歌う「フィオリディリージのアリア」を導入する長いレチタティーヴォには不自然さは感じられず、アリアに導くレチタティーヴォ・アッコンパニャートは見事に仕上がっています。レチタティーヴォには当時の慣例による通奏低音を伴うレチタティーヴォ・セッコもあります。この形式もオペラ草創期のカメラータ達の発明であります。近代になってからはレチタティーヴォでの対話で物語を進行させると言う手法も採用されています。レチタティーヴォによる多重唱で、対立する立場を表現したり、思いのすれ違いを強調したり、複数の歌手がバラバラに心理を表現すると言う形式も多く見られます。私達が実験しようとしている「多元テンポによる非調和的音楽」もレチタティーヴォの改革に多いに役立つものであります。
「京からアテネへ」のオペラの歴史を遡る長旅は今始まったばかりです。朝鮮半島を経て中国大陸からシルクロードを通ってアテネまでの地球を半周する5万キロの旅路での収穫はきっと大きいものと予想します。その成果は全て私達の作品に生かされて、21世紀のオペラ復興に寄与すると共に、山田ー団路線を乗り越えて新しい日本語のオペラを完成させたいと念願するものであります。何時の日か、アテネのコロッシウムで「
エレッタのアリア」を明朗に歌いたいと念願しています。
先日モーツァルト大全集を入手しました。CD128枚からなるこの全集にはモーツァルトのほぼ全作品が収録されています。モーツァルト研究には欠かせないデータであります。しかし、全てスタジオ録音なのでオペラの場合は聴衆とのコミニケーションを欠くために物足りなさを禁じ得ません。(拝)

銀輪を踏めばそよかぜ生き返る、停まれば苦し息も途絶えん!

Revived by wind with pedalling, not to stop to avoid suffocation !

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ギリシャ・ローマ神話辞典 岩波書店 1960

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