モーツァルト:「コシ・ファン・トゥッテ」(2):抜粋特集

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Ky-060

W. A. Mozart : "Cosi fan tutte"

村山先生、こんばんは。本日はモーツァルトの見ても聴いても楽しい喜歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」の抜粋CDを作成しました。今回の作品はそれまでのモーツァルトの作品とは異なり、アリアと合唱よりもアンサンブルの方が多いという特質があります。すなわち、アリアと合唱が主要なパートであったそれまでのオペラから、ニ重唱、三重唱、四重唱、五重唱、六重唱などの重唱の機会を大幅に増やしているという重大な変化がありました。この手法は音楽劇の進行を効率的に速くして、オペラの上演時間を短縮する効果があります。また、音楽的にはレチタティーヴォの長いのに不快感を覚えている観客に心地よい音楽的幸福感を与えることになり、本来の音楽劇の楽しみを倍増する工夫でもあります。オペラ・ファンの多くは特にイタリア語のオペラのあのレチタティーヴォのだらだらと長いのに苛苛するファンも多くいるのであります。イタリア語のオペラのレチタティーヴォはどの作品も同じ様な歌い方しか出来ないので、音楽性のない歌詞の詠唱だけが長々と続くのは面白くありません。モンテヴェルディの時代のモノディ形式の朗誦は、後世のレチタティーヴォとは全く趣の異なる歌い方であるので聴いていてもそれほど不快感はありません。モーツァルトのオペラ「コシ・ファン・トゥッテ」の中のアリアとアンサンブルの数を数えた人がいて、アリアが12曲に対してアンサンブルは19曲とアンサンブルの方が多くなっています。因みに、「フィガロの結婚」ではそれぞれ14曲で同数であると報告されています。
モーツァルト喜歌劇「コシ・ファン・トゥッテ」の音楽は、全編を通じて極めてシンプルな構成になっています。音楽的テーマも「前奏曲」で提示されるオペラのテーマ曲と姉妹のためのテーマ、フェランドとグリエルモのためのテーマ、アルフォンソのためのテーマ、フィオリディリージが歌う「恋人よ、許して下さい」のテーマ、三回登場する軍隊のマーチなどが切れ目なく歌われます。音楽全体の構成もマーチ風のシンプルな展開で終始して、単純で美しくそして力強い旋律が速いテンポで駆け抜けます。低音の弦楽器と管楽器にドラムが力強くリズムを取って行きます。音域は幅広く、アリアにおいてもソプラノの最高音からアルトの低音部まで、テノールの最高音からバスの低音部までを要求しています。管弦楽もヴァイオリンや管楽器の高音から管楽器と弦楽器の超低音までが要求されています。また、重低音の打楽器が管弦楽器と共にテンポ良く効果的に再現されています。最も重要な事は、レチタティーヴォには通奏低音による伴奏がついていると云う点であります。通奏低音とはバロック時代に通常に行われていた演奏習慣でチェンバロやチェロなどの低音楽器による即興的伴奏で、楽譜には数字によるコードの表示があるだけでした。モーツァルトが「コシ・ファン・トゥッテ」に通奏低音を採用したことは、21世紀以降において通奏低音が再び復活する可能性を保証したという歴史的意義が極めて大きいのであります。これらの点が、同じロレンツォ・ダ・ポンテの台本に作曲した、「フィガロの結婚」、「ドン・ジョヴァンニ」とは大きな相違であります。これらニ作には登場人物も多いので音楽的表現法も自ずと複雑になるのは当然であります。この「コシ・ファン・トゥッテ」は登場人物が僅か六人なので、音楽的表現法も極めてシンプルに出来るものと想像致します。この点は登場人物がもっと少ない「三人オペラ」の実験・創作をしようとする私達に重要な示唆を与えているのです。このオペラの抜粋を作ろうとして何回が聴いている内に、これまでの抜粋方法が全く通用しないことが分かりました。それはモーツァルトのこれまでの作品では、アリアと重唱や合唱への移行がはっきりしていたのに対して、「コシ・ファン・トゥッテ」ではその移行に切れ目がないので抜粋を作るために何処で切るかが極めて難しいからです。そのために結局、前奏曲に続く前半の部分とフィナーレまでの後半の部分を時間の許す限り収録して、中間の部分を割愛するという方法しかなかった訳であります。このオペラの構成が極めて機動的かつ効果的に出来上がっていることを証明する結果となりました。

TR01 : [A1Intro] Introduciton [4:37]
TR02 : [A1S1Trio] Ferrando, Guglielmo and Alfonso "La mir Dorabella capace non e" [1:57]
TR03 : [A1S1Aria] Don Alfonso "E la fede delle femmine" [1:12]
TR04 : [A1S1Trio] Ferrando, Guglielmo and Alfonso "Una bella serenata" [2:28]
TR05 : [A1S2Duet] Fiordiligi and Dorabella "Ah ! guarda, sorella" [4:43]
TR06 : [A1S4Quintet] Alfonso, Fiordiligi, Dorabella, Ferrando and Guglielmo "Sento, o, Dio, che questo piede" [4:32]
TR07 : [A1S5Chor] Chor "Bella vita militar" [1:58]
TR08 : [A1S5Quintet] Quintet "Di scrivermi ogni giorno" [4:22]
TR09 : [A1S6Trio] Fiordiligi, Dorabella and Alfonso "Soave sia il vento" [2:25]
TR10 : [A2S6Aria] Ferrando "Ah ! lo veggio, quell' anima bella" and
TR10 : [A2S6Aria] Fiordiligi "Per pieta, ben mio" [12:48]
TR11 : [A2S8Aria] Guglielmo "Donne mie, fate a tanti" [4:11]
TR12 : [A2S9Cavatina] Ferrando "Tradito, schernito" [2:39]
TR13 : [A2S10Aria] Dorabella "E amore un ladroncello" [3:31]
TR14 : [A2S12Duet] Fiordiligi and Ferrando "Fra gli amplessi" et al [5:14]
TR15 : [A2S13Aria] Alfonso Ballata"
Cosi fan tutte" [2:01]
TR16 : [A2S14Finale] Despina, Fiordiligi, Dorabella, Ferrando, Guglielmo and Alfonso with Chor [19:01]

こうして、77分47秒に編集した抜粋を改めて繰り返し聴いてみると、このオペラの音楽の簡素さと美しさと力強さと躍動感を感じます。「コシ・ファン・トゥッテ」以外のオペラ作品とは全く異なる特質を持つ、モーツァルトの20曲のオペラの中で最も楽しい作品ではないかと思います。村山先生、それにしてもモーツァルトはどうしてこんなにも素晴らしい音楽を短期間で書き上げる事が出来るのでしょうか。1790年と言えば、モーツァルトの最晩年の前年で翌年には「魔笛」も書いていましたし、謎の人物の依頼による最終作品である「レクイエム」も書いていました。この作品は未完に終わり内弟子のジュスマイアが完成させたとも伝えられていますが、音楽史上で最高の天才作曲家である我がモーツァルトの最晩年は貧乏と病気に悩まされた時期でもありました。謎の依頼者はワルゼック伯爵ではないかと歴史家が言っているが、現実は見るに見かねた高徳の士が不世出の天才作曲家のために事実上の寄付を申し出たのではないかと想像致します。私が感嘆の涙と共にしか語れないモーツァルトの最晩年を思うと、「どんなに貧しく苦しい状況下にあっても、その音楽は美しく楽しくなければならない」との不動の信念を感じます。それは四歳から偉大な父より天才教育を受けて、十数年間も全欧を旅して、その時代の全ての音楽を一身に吸収して古典派音楽を集大成した自負と誇りを失うことは無かったであろうとも。モーツァルトの音楽には一つも暗いところがない、神の声の如き透明性の高い美しさと楽天性があります。そうして、1791年12月4日午後2時過ぎ、見舞いに来てくれた友人達と一緒に、今書き上げたばかりの「レクイエム」のLacrimosa(涙の日)を歌い終わると、モーツァルトは眼に一杯の涙を浮かべて楽譜を置いた。その夜に病状は急変して僅か二時間後の翌日の12月5日午前零時55分に永眠しました。その日より今年で210年が経過しましたが、これからも永遠にモーツァルトの書いた音楽が美しく楽しく輝いていることを嬉しく誇りに思いたいと存じます。
(14 May 2001)


Feb 2000

N. Harnoncourt conducting "Cosi fan tutte"

Zurich Opernhaus

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文献 「オペラ全集」 芸術現代社 1980

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