村山先生、モーツァルトの「魔笛」全曲の台本を研究すればするほど、この歴史的かつ記念碑的なオペラが私の未熟な感性から遠ざかります。只聴いているだけでは分からなかったその音楽の精緻さと美しさ、劇的表現の的確さ、台本のテキストからは予想も出来ない程素晴らしく凄い音楽的表現が迫ってきます。どうしてこんなにも美しい音楽がまるで泉の如く湧き上って来るのでしょうか。台本も大切ですが、オペラは音楽が全てということが良く分かります。モーツァルト自身も父への手紙でそのことを指摘しています。しかも、殆ど全ての語尾が母音で終わるため歌うのに最も有利な条件を生まれ持つイタリア語ではなく、-d,-t,-k などの子音で終わることの多いドイツ語に書いた音楽でありますから、モーツァルトの天才を以ってすれば、そんなことは何のハンディにもならないのでしょうか。そして、シカネーダーの台本による童話に作曲したこの歌劇は三人の美しいボーイソプラノが登場することでも有名ですが、その三人の少年がこのオペラの進行に重要な役割を果しています。私がいつも申し上げている、オペラの中心人物または進行役と呼んでいる役どころであります。多くはピエロ役が担当することが多いのですが、「魔笛」では三人の少年がこのオペラの文字通りの案内役をしています。第ニ幕・第七場での三人の少年とパミーナの重唱はそのソプラノとボーイソプラノとの和声の美しさはこの世のものではありません。このデータで歌っているパミーナ役のルチア・ポップと三人の少年達、テルツ少年合唱団のソリスト達はセドリク・ロスドイッチャー、クリスチャン・イムラー、ステファン・パンデメーヤですが、台本の通りの「若く、美しく、可愛いく、賢い」少年達で、歌ばかりでなく進行役としての演技も良く訓練されていて、一度の失敗もなかったばかりでなく、むしろ大人の歌手たちをよくリードしていました。この公演の時に10歳であると仮定すれば、現在は既に28歳になっている筈です。きっと何れは立派な歌手に成長していることでしょう。エディタ・グルベローヴァのソプラノの他に重要な役割を果たしているのがクルト・モルの重厚なバスであります。エディタの最高音のソプラノとクルト・モルの太く最も低いバスが入れ替わり登場する迫力は、他のオペラにはない素晴らしい対比において、現代の「テノール万能主義」に陥る前のバスを重視する「古き良き時代」のオペラ作品であることを証明している。タミーノ役のフランシスコ・アライザもテノールとして精一杯の歌唱力を誇示しているが、ソプラノとバスには押されている。それほどボーイソプラノとバスが素晴らしいと言えるのであります。
一般にオペラ作品を100回視聴することは現実には困難でありますから、今回も80分の抜粋CDを制作しました。三時間に近いオペラ作品から80分の抜粋を作るのは容易ではありません。少なくとも20回以上は通して聴いてからでないと何を抜粋すればよいかは分かりかねます。本格的なオペラはオペレッタのように単純ではありませんので、丸々三日間を要してやっと本日76分58秒の抜粋CDを作ることに成功しました。では、そのトラック毎の題名をご紹介致します。整理がつけば後日このCDのコピーをお送り申し上げる予定にしています。
TR01 Ouvertuene [7:12]
TR02 Act I Tamino : "Zu Hilfe Zu Hilfe ! 〜" und Drei
Damen : "〜 Durch unsere Armes Tapferkeit" [1:55]
TR03 Arie Papageno : "Der Vogelfaenger bin ich ja 〜"
[2:46]
TR04 Arie Tamino : "Dies Bildnis ist bezaubernd schoen 〜"
[4:21]
TR05 Arie Koenigin Der Nacht : "O zittre nichit mein lieber
Sohn ! 〜" [5:01]
TR06 Drei Damen : "Drei Knaben jung schoen hold und weise
〜" [1:31]
TR07 Duet Pamina und Papageno : "Bei Maennern welche Liebe
fuehlen 〜" [3:05]
TR08 Drei Knaben : "Zum Ziele fueht dich diese Bahn 〜"
und Tamino : "〜 Pamina retten ist mir Pflicht" [2:57]
TR09 Tamino mitt Zauberfloete : "O wenn ich doch imstande
waere 〜 Villeicht fuehrt mich der Ton zu ihr" [2:52]
TR10 Marsch Sarastros und Chor : "Es liebe Sarastro ! 〜"
und Pamina : "Herr ich bin zwar Verbrecherin 〜" [7:13]
TR11 Act II Arie Sarastro : "O Isis und Osiris schenket
〜" [2:57]
TR12 Arie Koenigin Der Nacht : "Der Hoelle Rache kocht in
meinem Herzen 〜" [2:50]
TR13 Arie Sarastro : "In diesen Heil'gen Hallen 〜"
[4:06]
TR14 Terzett Drei Knaben : "Seid uns zum zweitenmal willkommen
〜" [1:35]
TR15 Scene 7 Drei Knaben : "Bald prangt den Morgen zu verkuenden
〜" und Pamina : "〜Fuehrt mich hin ich moecht ihn seh'n"
und Alle : "Zwei Herzen 〜 Die Goetter selbst schuetzen sie"
[5:35]
TR16 Scene 8 Die zwei Geharnischten : "Der welcher wandert
diese Strasse voll Beschwerden 〜" und Pamina : "Tamino
mein O welch ein Glueck" Tamino : "Pamina mein O welch
ein Glueck 〜" zum Chor : "Triumph ! Triumph ! 〜 Kommt
tretet in den Tempel ein"[11:30]
TR17 Scene 9 Papageno : "Papagena ! Papagena ! 〜 Gute Nacht
du falsche Welt !" und Drei Knaben : "Halt ein O Papageno
! 〜Man lebt nur einmal 〜" Papageno : Pa-pa-pa-pa-pa-pa Papagena
!" und Papagena : "Pa-pa-pa-pa-pa-pa Papageno !"
zum Papagena : "〜 Der Eltern Segen werden sein" [7:55]
TR18 Scene 10 Sarastro : "Der Strahlen der Sonne vertreiben
die Nacht, Zernichten der Heuchler erschlichene Macht" und
Chor : "Heil sei euch Geweihten ! 〜 Mit ewiger Kron'"
[2:55]
Ende
これらのトラックは抜粋であっても、オペラ「魔笛」の重要なアリアを網羅しているので本日より長期間に渡って聞き覚えるまで相当回数聴き続けることになります。100回聴くことが出来ればその時点で更なる感想を申し上げたいと存じます。どんなに詳しい解説書を読んでも、作曲者モーツァルトの楽想に迫ることは出来ません。村山先生の主要作品のメドレーを300回続けて拝聴できた様に、この「魔笛」抜粋の台本を暗誦出来た上で100回聴くことが出来れば、モーツァルト最晩年の1791年当時の音楽に取り組む凄まじい集中力と音楽を愛して止まぬ魂とその才気溢れる感性のごく一部に触れる事が出来ればと遥かに期待する者であります。また、それ以外に作曲者の楽想に迫る方法もないことを深く自覚しています。次回からはそれぞれのアリアの原語台本をご紹介して、モーツァルトの得意な音楽的表現法について、掘り下げて研究して参りたいと計画しています。今現在の心境は、百里の旅に出る前の気持ちよりも、今朝NHK−TVで拝見したヒマラヤのK2やチョゴリザに登る様な自信を喪失するような不安に満ちた心境です。私の眼には、最高峰のエヴェレストよりも群を抜いて高く聳えるK2と白い花嫁と呼ばれるチョゴリザの方が遥かに美しいと感じていました。山岳写真家の白川義員さんが8000米の高さで飛行機の窓を明けて命がけの撮影をしていました。白川さんは言います。「この地球は人間のために廻っているのではない」と。神々の住む世界を見た者にしか言えない言葉として印象に残っています。私は滅多にTVを見ないし見る時間もありませんが、このNHK特集は幸運にも二回視聴できました。いずれにしても、その頂きに辿りつく前に地上のわが人生が終わることは明らかでありますから、「休むことなく歩き続ける」ことしか凡人には出来ないのですね。
(22 Apr 2001) |