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Johann Strauss : Der Zigeunerbaron |
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村山先生、今晩は。今夜は待望のヨハン・シュトラウスのオペレッタ「ジプシー男爵」です。「こうもり」と並ぶヨハン・シュトラウスの傑作として余りに有名であります。今回のデータは2001年3月25日にNHK BS2が放送した、メルビッシュ音楽祭のライブ録画による素晴らしい記録です。オーストリアとハンガリーの国境にある、ノイジードラー湖の湖上で行われる音楽祭で、観衆は湖の上に築かれた「湖上ステージ」で上演されるオペレッタを堤防に設置された特設観客席から鑑賞できます。歌手が交代する時は小舟に乗って陸地と往復します。大勢の人数の時は向い側の港に船が着きます。このオペレッタは余りに有名なので詳しい解説も必要無いのですが、何回聴いても楽しいのは「こうもり」と同じです。何が楽しいのかと改めて考えてみると、やはり音楽が楽しいのです。オペラもオペレッタも音楽劇ですから、第一に音楽が素晴らしくなければ聴く価値はありません。このオペレッタ全篇がウインナ・ワルツのオンパレードなのですから、理屈抜きで楽しくない訳がありません。次々と登場するアリアも合唱も皆聞き覚えのある歌ばかりですから、DVDを観ているだけでも興奮を押さえ切れません。こちらでは気がつけばDVDに向って映っている観衆と一緒に手拍子を取っていました。また、騎兵を演じる時は本物の馬が湖上の「島舞台」を走り回ります。野外でのオペラ上演を夢の一つと思い続けている私にとっては、6000人を収容できる世界最大の野外ステージであるノイジードラー湖の舞台はとても嬉しい存在です。日本でも何時か何処かで実現したいとの夢は捨てません。2000年8月5日の公演をNHKとORFの共同制作で中継録画されたデータですが、録画も録音も最高の技術による素晴らしい出来映えでした。 さて、今回の出演者はルドルフ・ビーブル指揮のブルゲンラント管弦楽団、演出はハインツ・マルチェク、振り付けにゲオルク・ゲスラー、合唱はメルビッシュ音楽祭合唱団、バレーはメルビッシュ音楽祭バレー団、主役の若い亡命者、シャーンドル・バリンカイにメールザット・モンタゼリ、ジプシー娘で実はハンガリー最後の太守の娘サッフィにマルティーナ・セラフィン、その育て親のジプシー女ツィプラにブリギッテ・ビンター、県知事ホモナイ伯爵にペーター・エーデルマン、風紀取締官カルネロ伯爵にハインツ・ツェドニク、豚飼いの金持ちカールマン・シュパーンにローラント・ブラハト、その娘アルゼーナにクリスティーネ・パート、アルゼーナの家庭教師でカルネロ伯爵の元の妻ミラベラにミリヤーナ・イロシュ、ミラベラの息子でアルゼーナの恋人オットカールにアンドレアス・シャーゲルとその他の出演者。これらの出演者の内、サッフィー役のマルティーナ・セラフィンはソプラノとしての音域も広く哀愁を帯びた美しい声色でジプシーの歌を聴く者の心に深く刻んだ。そのすこし前のめりの姿勢で歌う容姿は「波打つ体」と共に美しいの一語に尽きる。サッフィ役の歌い方次第でこのオペレッタが決まるだけに、マルティーナ・セラフィンは数少ないサッフィのはまり役の一人であろう。ツィプラ役のブリギッテ・ビンターは低いアルトの重みのある声でこのオペレッタの進行役を果たす中心人物であるが、その歌唱力は高く評価される。また運命を占う預言者でもあり、この物語の結末を予言する。カルネロ伯爵役のハインツ・ツェドニクはその透明なよく響き渡る鋭いテノールで見事に道化役を演じた。台本にはない現代のEUの問題を皮肉たっぷりに挿入して満場の観衆の拍手喝采を得た。「奢り高ぶるブリッセルよ、EUの将来は暗い。我々に制裁など課せる訳がない」とやるとオーストリアの観衆は笑いと拍手で応えた。また、ホモナイ伯爵が志願兵を集めに来て、「祖国はイタリア、フランス、スペインに攻撃されている」と言うと、「EUもではないか?」と口を挟んで再び観衆の大喝采を引き出した。ハインツ・ツェドニクはこの舞台の19年前にウィーン国立歌劇場での「アンドレア・シェニエ」でジェラールの密偵役を演じて、その透明性のある鋭い声色に印象が深かったので良く覚えていた。二十歳近く年をとられたが、その澄み切った声は健在であった。ホモナイ伯爵役のペーター・エーデルマンは舞台を明るくする派手な存在で文字通り、このオペレッタの舞台を華やかにした適役である。アルゼーナ役のクリスティーネ・パートは高い声の持ち主であり、音域は狭いが魅力ある声色であり、この他のオペラでも娘役が適任であろう。「フィガロの結婚」のスザンナ役なら務まるだろうが、サッフィ役は無理である。サッフィ役は音域が広くないとジプシーの歌の哀愁を帯びた情感を表現できないからである。ミリヤーナ・イロシュは「丸い酒樽の様な」豊満なスタイルでオペレッタに「重み」を与えた。アンドレアス・シャーゲルも同じくよく脇役に徹したが、声はすこし篭り勝ちで聞きづらいところがある。「豚の王様」役のローラント・ブラハトは低いバスで、他のテノールやソプラノをよく引き立てる役割を果たした。また三枚目の役柄に面白みを見せた。メールザット・モンタゼリは若き亡命者の役で、外国での放浪の旅を終えて只一人で故郷に帰って来た主人公シャーンドル・バリンカイをよく演じきった。サッフィ役のマルティーナ・セラフィンとのコンビもぴったり息が合っていて二人とも最高の演技と歌唱力を見せた。やや甲高いモンタゼリのテノールとマルティーナの広い音域のソプラノとの組み合わせも決まっていた。演出のハインツ・マルチェクと振り付けのゲオルク・ゲスラーもジプシーの衣装や集団としての団結の強さを巧みに表現して分かりやすく写実的で、西欧で現在流行中の抽象的な演出とは一線を画する伝統的な手法に共感を覚えるし、台本を含むオペレッタ全体の完成度の高さを誇示した。指揮者のルドルフ・ビーブルは指揮棒も持たず楽譜も見ないで、この軽快なオペレッタの進行を淀ませることなく最初から最後まで、ウィンナ・ワルツのオンパレードを指揮してこの演目に関する第一人者であることを証明した。コーラスも軽快でスピード感がありそのハーモニーは完璧である。オペレッタ進行の節目に必ず繰り広げられるバレーは楽しく華やかで将にウィンナ・ワルツのオンパレードであり、若い男女の踊り手達も楽しんで踊っている。そのテンポはやや速くなったり遅くなったりしながらオペレッタの流れを形成していた。ブルゲンラント交響楽団は島舞台の地下のオーケストラ・サイトで二時間あまり休みなく演奏を続けたが、テンポとリズムが崩れることなく、またハーモニーもずれることがなかった。また、大変な数に上る歌わない役者集団の訓練と演技も行き届いているのが素晴らしい。演出家ならこの点を見逃さないであろう。全てのパートが相当な上演回数をこなしている「ジプシー男爵」の専門家集団である。そして、このオペレッタの醍醐味は、それは昔連合王国を形成していた歴史を共有するオーストリアとハンガリー両国においてでなければ演出できないオペレッタの香りがすることである。 物語は18世紀中葉のハンガリーのバナート地方が舞台で、1717年のベルグラードの戦いでオーストリア軍がオスマン・トルコ軍に勝利して24年後の設定になっている。この沼地一体の元の領主の息子バリンカイはその戦争で父を失い、母と諸国を放浪している間に母を失った。アリア「気楽な若者だった私は」を歌って今日までの経歴を披露する。サーカスに居たので猛獣使い、手品など何でも練習なしで出来ると歌う。県知事ホモナイ伯爵が派遣した風紀取締官カルネロ伯爵によってバリンカイのために元の領地が登記された。字の書けないツィプラと豚飼いのシュパーンが保証人として署名した。シュパーンはバリンカイの領地との境界問題を解決するために、娘のアルゼーナとバリンカイの結婚を画策するが、アルゼーナには既に家庭教師の息子オットカールという間抜けな恋人がいた。風紀取締官カルネロは「牛の取引」の様な結婚は認められないと言い、正式な手続きを踏む様に指示するとシュパーンは古式に則った結婚の儀式を始めた。嫌がるアルゼーナは「私と結婚する人は男爵でないといけない」と言って縁談を引き延ばした。夜も寝静まってバリンカイは一人残されていると、突然ジプシーの歌声が聞こえる。昔、母がよく歌ってくれた歌である。サッフィの歌うアリア「ジプシーほど悲惨で忠実な者はいない」が夜の湖に深い哀愁をこめて歌われると、バリンカイはその声の主の美しさに心奪われる。「みすぼらしい身なりに、その輝かしい言葉は!あなたは一体何方か?」というバリンカイにツィプラが「私の娘さ」と答える。やがて、ジプシーの仲間が帰って来ると母と娘は皆に「元の領主様が帰って来られた」と告げて廻り、「我らはこの方に一生仕えよう」と歌う。こうして一夜のうちにバリンカイは事実上の「ジプシー男爵」となった。深夜にも拘らず、隣の豚飼いのシュパーン一家を起こして、「どうだ、私は既に男爵になった。改めて結婚を申し込むぞ」と告げるとシュパーン一家と風紀取締官一行らは、どっと笑う。シュパーンが「男爵なら文句はない」と嫌がるアルゼーナの手を引いてバリンカイと会わせようとすると、バリンカイはサッフィの手を取って高らかに、「私の妻はこの人だ!」とサッフィとの結婚を宣言する。それを支持するジプシーの一団とそれを認めないというシュパーン一家と風紀取締官側が小競り合いをしているところで第一幕が終わる。第二幕は夜明け前のジプシーの村で、バリンカイは寝ているサッフィにアリア「この美しいゆうべに」を歌って愛する人に巡り合った幸せを歌う。二人が愛を確め合うかの様に熱い抱擁をしていると、ツィプラが「おめでとう。今夢の中であなたの父上が財宝の在り処を告げられた」という。二人は半信半疑でそのお告げの通り壊れた塔の石を叩いて廻ると音の違う一つの石を叩くと湖の底から夥しい金銀財宝が出てきた。夜も明けてジプシー達の仕事が始まる。有名な「さあ仕事をしよう。鉄を熱いうちに打て」と「鍛冶屋の歌」を合唱する。本物の金床を叩いて音を出すことで有名な歌である。出てきたシュパーン等に「この財宝は父上と太守がバリンカイに残されたものだ」とツィプラが説明するとシュパーンらは悔しがる。また風紀取締官が「誰が結婚を認めたのか」と言い張るので、バリンカイとザッフィが空飛ぶこうのとりが二人を結婚させたとデュエット「誰が私達を結婚させたのか」を幸せ一杯に歌い上げる。その歌詞に「こうのとりは幸せを運んでくる、愛あるところには天の力が宿る!」という一節がある。カルネロが「それは認められない」等と言っていると、県知事ホモナイ伯爵が志願兵集めにやって来る。ホモナイは「さあ、手を差しのべて」を歌って群集にスペイン戦争に出陣する志願兵に参加するよう呼びかける。ワインを飲んだものは志願したことになる習慣を知らないシュパーンとオットカールは後で大慌てになるが結局志願兵となってしまう。一段落するとカルネロがバリンカイの結婚は認められないとまたまた言い張るので、ホモナイは「君はバリンカイが国家に献上した金銀財宝を運ぶのが役目ではないのか」と諭すが、シュパーン一家がまだ騒ぐので、ツィプラは「この子は私の娘ではない。ハンガリー最後の太守の姫君である」と初めて秘密を明かす。一同は驚いてサッフィに赦しを乞うが、サッフィ自身もびっくりしてしまう。ところがバリンカイは「そんな高貴な姫と結婚する資格がない」と自らワインを飲み干して志願兵に加わった。サッフィは始めは反対するがやがて「神のご加護を!」とツィプラと共に祈るところで第二幕が降りる。第三幕は原作ではウィーンのケルントナー門の広場となっているが、この「島舞台」では元のハンガリーの故郷に兵士たちが凱旋する。最初にシュパーンが歩いて帰って来ると、アリア「ターホー川のほとりで」を歌ってスペインでの自慢話をする。次いでオットカールが担架に乗せられて帰って来る。その後を軍隊が入場行進曲「万歳!我等は勝った」を歌いながら凱旋する。バリンカイは戦功ににより女帝マリア・テレージアより正式に男爵の称号を贈られた。これを見てシュパーンが改めてアルゼーナとの結婚を希望したが、バリンカイはオットカールを引き出してアルゼーナと結婚するように勧めた。それではバリンカイは誰と結婚するのか、一同が見守る中で再び「ジプシーほど悲惨で忠実な者はいない」を歌いながら岡から降りてきたサッフィの手を取って、ホモナイ伯爵が女帝のご褒美であると宣言してサッフィとバリンカイの正式な結婚を祝福する。二人は堅く抱擁して再会と結婚を喜び熱い接吻を交わすが、この時サッフィの髪の毛が数本二人の唇の間に挟まったが、それはそれなりに返って美しいと感じた。こうして全員が二人の結婚を祝福して目出度く第三幕が降りることになる。しかし島舞台であるので実際には幕はない。一度全ての照明を消して直ぐに「ラデッキー行進曲」に乗せてカーテンコールが始まり、最後には夏の湖上に大輪の花火が沢山上がった。将に「夏の夜の夢」のような舞台である。 (5 Apr 2001) |
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