モーツァルト「魔笛」(3):夜の女王のアリア

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Ky-050

W. A. Mozart : "Zauberfloete": Libretto di E. Schikaneder

村山先生今晩は、いよいよ今日からモーツァルトのオペラ作品の台本研究に入ります。その第一の研究対象はやはり最後の作品「魔笛」からです。童話歌劇として書かれたエマニュエル・シカネーダーのドイツ語の台本にモーツァルトが作曲したこの「魔笛」こそはモーツァルトのオペラ制作の歴史的な集大成となる記念碑的な作品であり、またオペラ400年の歴史の頂点に位置する、音楽形式的にも音楽表現法においても完成された作品であります。この「魔笛」を深く掘り下げて研究することによって、21世紀のオペラの展望も開けるものと信じる次第であります。膨大な台本の全文を掲載出来ませんので、作品中の重要なアリアやディアローグ、コーラス等について分析して見たいと思います。この一連の研究成果が、村山先生がオペラ台本に作曲される時の示唆とご参考になることを期待しつつこれからも地道な研究を続けたいと存じます。村山先生ご自身のご感想やご見解など何時でもお知らせ頂きたいと思います。この「オペラ研究」シリーズは第一部「オペラ総論」、第二部「台本の研究」、第三部「音楽的表現」の三部から成っています。「オペラ総論」は主要作品についてまだまだ続きますが、「台本の研究」と「音楽的表現」も始めないと私の21世紀が終わってしまいますので、何れも並行して研究を進めたいと思います。
それでは第一幕第一場の
4番アリアは夜の女王が歌う最も有名なアリアの一つですが、女王がタミーノに我が娘パミーナがザラストロにさらわれたことを嘆き、タミーノに「お前が助けに行きなさい。勝利して帰って来れば娘は永遠にお前のものとなる」と歌います。アリアの終わりにあの有名なコロラトゥーラが歌われます。ソプラノの最高音と速い回転を要求される最も難しい且つ極めて修飾的なコロラトゥーラですが、エディタ・グルベローヴァはよく歌い切りました。コロラトゥーラの語源はドイツ語の「Koloratur」からイタリア語の「Coloratura」になり原義は「着色する」と言う意味です。ではドイツ語の原文を見てみましょう。台本に書かれた歌詞の通りには歌われません。何行か毎に繰り返し歌ったり、ある歌詞の部分を反復して歌ったりするからです。

[A1S1A4] : Erster Aufzug Scene 1 Arie 4 :

KOENIGIN DER NACHT
001 O zittre nicht, mein lieber Sohn !
002 Du bist unschuldig, weise, fromm
003 Ein Juengling so wie du vermag am besten
004 Dies tiefbetruebte Mutterherz zu troesten

005 Zum Leiden bin ich auserkoren
006 Denn meine Tochter fehlet mir
007 Durch sie ging all mein Glueck verloren
008 Ein Boesewicht entfloh mit ihr
009 Noch seh' ich ihr Zittern
010 Mit bangem Erschuettern
011 Ihr aengstliches Beben
012 Ihr schuechternes Streben
013 Ich musste sie mir rauben sehen
014 Ach helft ! ach helft ! war alles, was sie sprach
015 Allein vergebens war ich Flehen
016 Denn meine Hilfe war zu schwach

017 Du, du, du wirst sie zu befreien gehen
018 Du wirst der Tochter Retter sein
019 Und werd' ich dich als Sieger sehen
020 So sei sie dann auf ewiig dein

この歌詞は基本的には四行詩で構成されていて、初めの四行と最後の四行の間に、四行詩の三連を挿入した詩型になっています。合計で20行からなるもので、各四行詩の第一行と第三行および第二行と第四行に脚韻が踏まれています。そうでない処では、第一行と第二行および第三行と第四行に脚韻を踏んでいる。押韻は世の東西を問わず、歌える詩型の基本構造であります。因みに私は学生時代からダンテの三行詩の研究者でありますから、私の台本は全て三行詩で書かれています。三行詩の場合は第一行と第三行に脚韻を踏みます。歴史的には三行詩の方が古く、花の都フィレンツェの詩人ダンテが深く研究して完成させました。彼の不朽の名作「神曲」は全て三行詩で綴られています。その目的は申すまでもなく歌うためであります。四行詩はルネサンスの後から登場して近代詩の基本形式となりました。では、この台本の歌詞は実際には次の様に歌われています:

KOENIGIN DER NACHT
001 O zittre nicht, mein lieber Sohn !
002 Du bist unschuldig, weise, fromm
003 Ein Juengling so wie du vermag am besten
004 Dies tiefbetruebte Mutterherz zu troesten

005 Zum Leiden bin ich auserkoren
006 Denn meine Tochter fehlet mir
007 Durch sie ging all mein Glueck verloren
007 Durch sie ging all mein Glueck verloren
008 Ein Boesewicht
008 Ein Boesewicht entfloh mit ihr
009 Noch seh' ich ihr Zittern
010 Mit bangem Erschuettern
011 Ihr aengstliches Beben
012 Ihr schuechternes Streben
013 Ich musste sie mir rauben sehen
014 Ach helft ! ach helft ! war alles, was sie sprach
015 Allein vergebens war ich Flehen
016 Denn meine Hilfe war zu schwach
016 Denn meine Hilfe war zu schwach

017 Du, du, du wirst sie zu befreien gehen
018 Du wirst der Tochter Retter sein
018 Du wirst der Tochter Retter sein
019 Und werd' ich dich als Sieger sehen
020 So sei sie dann auf ewiig dein
020 So sei sie (coloratura) dann auf ewig dein
020 So sei sie dann auf ewig dein

[音楽的表現]
007では全文を一回繰り返します。008では始めの二語だけ一回繰り返しました。016では全文を一回繰り返しました。018ではやはり全文を一回繰り返し、020では二回目の途中であの有名なコロラトゥーラが挿入されました。そしてもう一回全文を繰り返して夜の女王は退場します。繰り返しのパターンは一節の最後の行を単純にもう一回繰り返す場合が通常です。008の様にその行の単語を一回繰り返す場合もよく見られます。アリアの音楽的表現をより効果的なものにするために、モーツァルトの泉の湧き出づるが如き楽想によるもので、作曲に際してモーツァルトの鋭い感性と苦心を見る思いが致します。また、繰り返しに入る前に、一行分だけの時間が伴奏だけになることもよくあります。長いアリアで一息入れることによって、表現したい音楽的効果を高める結果をもたらします。演奏時間も繰り返しの時は随分と長く伸ばして歌わせますし、曲も転調したりオクターブを変えたりしています。音楽的表現において「」の役割は最も決定的なものですが、モーツァルトは巧みにこの「間」を究極的表現に活用しています。これは将に天才の閃きによる神の為せる技と言えるでしょう。エディタ・グルベローヴァの歌う「夜の女王のアリア」は女王の威厳と母親が娘を気遣う弱さとを同時に表現し、王子に娘の幸福を託す決意を伝える効果を表して、形式的で古典的なコロラトゥーラを挿入することによって女王の感情表現をより高める効果がある。しかし、もしその装飾的なコロラトゥーラが十分に回転しない下手な歌い方であれば、モーツァルトの求めた効果は逆になる。エディタ・グルベローヴァは見事にモーツァルトの原案通りの期待によく応えたものと言うべきであろう。(16 Mar 2001)
この「夜の女王のアリア」を歌ったエディタ・グルベローヴァは1946年ブラチスラバの生まれ、幼少時より童謡を歌い、生地の教会で歌っている時に神父から声楽家になる様勧められた。68年22歳で地元の歌劇場でデビュー、70年ウィーン国立歌劇場で「魔笛」の夜の女王を歌って注目を集めた。それ以来世界の主要オペラ劇場で活躍して来たので、彼女は将に「
夜の女王」の専門家中の専門家といえる。彼女は言う、「ベルカントは小さなユリのような美しさを秘めていて、ドラマティックな表現力だけでなく、美しい声質と広い声域、確実な技巧が要求されます」と。また、「幼少時から厳しい訓練を積んで技術的に完璧であることが最低限必要であり、自分自身だけでなく、共演する歌手も指揮者も完璧でなければなりません」とも。(2 Apr 2001)


AERA No.695

Edita Gruberova

Photo by E. Sakata

English

文献 「オペラ全集」 芸術現代社 1980; 「AERA」 No.695 朝日新聞社 2001

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