「イドメネオ」

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Ky-045

W. A. Mozart : Idomeneo, Re di Creta

村山先生、今晩は。今夜は遂にモーツァルト作曲の「クレタの王、イドメネオ」の開演です。モーツァルトは沢山のオペラ作品を作曲していますが、オペラ・セリアはこの「イドメネオ」只一曲であります。前回の「後宮よりの逃走」の直前に作曲されたこのオペラは、ザルツブルグの宮廷付神父、ジャンバッティスタ・ヴァレスコの書いたイタリア語の台本に1780年の10月から翌年の1月にかけて、ザルツブルグとミュンヘンで作曲されました。原作は1712年に上演された、アントワーヌ・ダンシュのフランス語の台本にアンドレ・カンプラが作曲した五幕の悲劇オペラであるが、ヴァレスコは原作を簡潔にしたばかりでなく、悲劇的結末を「愛の勝利」で終わる改編を行ったことはモーツァルトには幸運であったと思います。何故ならモーツァルト自身は悲劇は好きではなく、ハッピーエンドで終わる喜歌劇やオペレッタを得意として来たからであり、どんなに生活が苦しくても、音楽とオペラに対する希望と情熱を失ったことはないと感じられるからです。また、モーツァルトはこの作品に最も時間をかけて制作したとも伝えられています。それだけ愛着もありモーツァルト自身が一番気に入っている作品の一つであると伝えられています。作曲中でもヴァレスコに何度も台本の変更を要求して、より劇的効果を上げる様に努力を積み重ねました。アリアの繰り返しを減らすこと、物語の進行をもっと単純明快すること、海神の宣託の声を短くすること、イーリアの別れのアリアをもっと短く自然な歌詞にすること等を注文した手紙が残されています。そして1781年1月29日に、ミュンヘン宮廷劇場で初演されました。モーツァルトの25歳の誕生日の二日後のことでした。この「イドメネオ」はモーツァルトの他の全作品とは趣を異にしており、音楽表現の緻密さと形式美の完成があり、ある意味では他の全作品の重さにも匹敵するほどの価値があると言っても過言ではありません。ただし、最後のオペラ作品である「魔笛」を除くことは言うまでもありません。物語は息が詰まり重苦しい展開をするのにも係わらず、彼の音楽には何処か楽しい楽天的な感覚が生きています。この点は次の時代のイタリア悲劇オペラの専門家ヴェルディとは正反対であり、何処かに救いを見出すことが出来ます。モーツァルトは主人公の死で終わるオペラは「ドン・ジョヴァンニ」以外にはひとつも書いていません。それも、勧善懲悪劇としての悔い改めのない悪党の死なので暗くは無い。
村山先生、私はこの作品から実に多くのことを学びました。その一端をこの場をお借りしてお伝えすることに致します。因みに今回のデータは1983年1月26日にニューヨークのメトロポリタン歌劇場で上演された公演のライブ録画を、1985年にNHK教育TVが放映したもののベータ版録画です。指揮はジエイムズ・レヴァインで私と同い年でこの時は若干40歳でした。メトロポリタン歌劇場管弦楽団と合唱団、クレタの王イドメネオにルチアーノ・パヴァロッティ(ソプラノ)、王子イダマンテにソプラノのフレデリカ・フォン・シュターデ(原作ではカストラート・ソプラノ)、トロイアの王女イーリアにイレアナ・コトルバシュ(ソプラノ)、アルゴスの王女エレットラにヒルデガルト・ベーレンス(ソプラノ)、王の腹心アルバーチェにジョン・アレグザンダー(テノール)、海神ネプトゥヌスに仕える祭司長にティモシー・ジェンキンス、ネプトゥヌスの声にリチャード・クラーク(バス)、二人のクレタの娘にロレッタ・ディ・フランコ、バタイア・ゴットフリー、二人のトロイアの兵士にチャールズ・アンソニー、ジェイムズ・コートネイ等の出演、美術と演出はジャン・ピエール・ポネルでした。出演者の概評を先に申し上げれば、ルチアーノ・パバロッティはさすがに現代イタリアの誇る最高のテノールの一人だけあって、この物語の主人公の役であり、王の威厳を保ちつつも苦悩の現実から民を救うために、自らの息子を海神の生贄として差し出さねばならないという悲劇を歌い演じるのに最高の歌手でもありました。その王子イダマンテ役のフレデリカ・フォン・シュターデ(ソプラノ)は原作ではカストラート・ソプラノが歌っていた当時の雰囲気をよく演じていて、偉大な父を尊敬し何処までも素直な息子でありたいと願う純粋な青年王子を好演しました。また、恋人のイーリアとの愛の二重唱でも二人のソプラノが実に美しいハーモニーで表現されていて、抱擁しあう姿にも男女の組み合わせより清清しさと気品があり好感が持てます。原作がカストラート・ソプラノになっていた理由を見出した様にも思えました。アルゴスの王女エレットラ役のヒルデガルト・ベーレンスは、白色の正装のイレアナ・コトルバシュとは対照的に黒い色の正装で登場して存在感をアピールしていました。物語ではイーリアの純粋の愛、天国的な愛に対するアンティテーゼとしてのエレットラの利己的な愛、地獄的な愛を表現する難しい役でありますが、よく歌い熱演してパヴァロッティと共に最も大きな拍手を受けました。ジョン・アレグザンダーは王の腹心として王の苦難を支える役ですが、二つのアリアを見事に歌って王を励ましました。ティモシー・ジェンキンスは海神ネプトゥヌスに仕える祭司長役の無慈悲さと同時に王と王子を救いたいと歌い人間的な側面をも垣間見せる適役でした。オペラ演出の第一人者であるジャン・ピエール・ポネルはさすがに大胆で且つ緻密な演出をしました。背景の透かし模様のカーテンを巧みに重ね合わせ、全編を通じて海神ネプトゥヌスの仮面を背景に大写しにしたり、影絵の様にして、このオペラ全体を貫くテーゼを観衆に提示し続けました。
モーツァルトの音楽についての感想を申し上げる前に
物語のあらすじをご紹介致します。紀元前1200年頃のギリシャの時代に有名な「トロイの木馬」の物語にも出てくるギリシャとトロイアの戦争がありました。ギリシャとアジアの戦争とも表現されていますが、クレタの王イドメネオもギリシャ軍の一翼として80隻の船団を率いて参戦し20年間も国を留守にした。やっとトロイアに勝ったので捕虜を先にクレタに送ったが途中で暴風雨に遭い多くの捕虜が海中に消えた。トロイアの王女イーリアは運良く王子イダマンテに助けられて捕虜の身でありながらイダマンテと相愛の仲となる。しかしイドメネオ王は帰って来なかった。船がクレタに近づいた沖合いで又もや暴風雨に遭い難破して王と少ない部下が助かったが、その時嵐を鎮めてもらう代償として帰国して浜で初めて会った人間を生贄に出すと海神ネプトゥヌスに誓った。故国の浜で初めて会ったのは何と我が子イダマンテであった。王はイダマンテを見ても避ける様にして逃げてしまうので、王子は何故父の怒りを買ったのか分からないので嘆き悲しむばかりであった。イダマンテがイーリアと愛し合っていることを知った王は、「三人もネプトゥヌスの生贄になるのか。一人は剣で、二人は悲しみで殺される」と悲嘆を更に大きくする。腹心アルバーチェの進言で王子をエレットラの祖国アルゴスに送り出すことに決めて、エレットラと共に船出さそうと準備すると、エレットラは勝ち誇った様にイーリアを見下げて喜びのアリアを歌うが、帆を一杯揚げて船出しようとすると突然嵐が吹き荒れて出航できない。ネプトゥヌスは何を要求しているのか、誰も分からない。その内に怪物が国中に出没して国民を食い尽す惨劇が起こった。父である王に「他国に安住の地を求めよ」と国外追放の命を受けたイダマンテは、「私もお供する」というイーリアを制して一人寂しく去って行く。城の門前に群集が集まり王に直訴すると云う知らせが来る。やがてネプトゥヌスに仕える祭司長を先頭に群集が城の中に入って来ると、怪物に食いちぎられた子供の死骸を示して祭司長はイドメネオに「王よ、あなただけがこの惨劇を救えるのだ」と訴える。そうして「生贄は誰か、何処にいるのか」と激しく王に迫る。その時、遠くで「勝利の歌」が聞こえて来ると、幸か不幸か怪物との一騎撃ちで勝ったイダマンテが城に帰って来た。「今やっと父上のお心が分かった。私を育んだ血の流れるその手で私の命を絶って下さい。」と命乞いどころか進んで生贄になると言う。一度は「無実の者を殺せない」と斧を放り出すが、イダマンテ自身がその斧を父に渡して促す。止めに入るイーリアを祭司長が制していよいよ王の斧が今将に王子を刎ねようとする時、突然雷光と雷鳴が轟いて一瞬無音となり、やがて厳かで静かな音楽と共に、ネプトゥヌスの声が下る。「愛が勝利を収めた!」と宣告し、「イドメネオは退位せよ。イダマンテが王となり、イーリアが王妃となる。」と伝える。すると突然、エレットラが狂い死にする様に呪いの歌を不気味に歌ってその場に倒れて死んでしまう。その様は恰も怪物の正体を見るかのようであった。そしてフィナーレは、イドメネオが王としての最後の布告を行い、「ここに平和を宣言し、王位を我が息子イダマンテに譲り、イーリアを王妃とする!」と宣言して、太刀と王冠をイダマンテに与えて、堂々と且つ慈愛に満ちた優しい目で二人を祝福して祭壇を去って行くところで幕となる。
それではこのオペラでの
モーツァルトの音楽についての感想を申し上げます。まずクライマックスの第三幕第三場で、王の斧が将に王子の首を刎ねようとする時、音楽は一瞬沈黙し無音でした。この時はどんな音楽を持って来てもその一瞬を表現できないでしょう。さすがにモーツァルトですね、「その時音なきは如何なる音にも優る」という古今東西で普遍の芸術的極意を若干25歳で体得していました。その一瞬の後には厳かで静かな音楽がゆっくり短く繋いで、ネプトゥヌスの宣告が低音のバスで下ります。この長いオペラもフィナーレ近くのこの一瞬で決まりですね。この一瞬のために三時間もかけてオペラはゆっくり進行して来たのです。もしここに「無音の一瞬」がなかったら平凡なオペラで終ることになります。その他には、アリアは随分と短くしたとは言え、ほとんど全てをダカーポ・アリアで綴って来ています。視聴しながら、「ダカーポ・アリアとは如何なる効果があるのか」と自問自答しました。確かに同じ旋律のアリアを全て二回づつ歌う訳ですから、上演時間は一回しか歌わない場合の丁度二倍かかります。宮廷の時間を弄ぶためにそうするのか、同じ歌を二回歌うことによって当時は録音手段がなかったので余韻を楽しんでいたのか?などと考えてしまいました。しかし、実際に二回歌うとオペラに安定感は増しますね。合唱の場合も本来はアリアに答えて同じ旋律を繰り返す目的がありました。完成された古典派音楽の基本形式は、ABA形式またはAAB形式において同じ主旋律を展開させながら繰り返すことになりますから、ダカーポ・アリアもオペラにおける古典的基本形式であると思います。そうして19世紀の後半になると時代も替わり、ダカーポ・アリアは影を潜めて行くことになりますが、私は21世紀にはもう一度、オペラの基本形式を完成させたモーツァルトの時代に返ることが必要ではないかと考えるのです。また、アルバーチェが歌うアリアで王に国の惨状を訴える歌でのフィニッシュが1オクターブ以上下がる音で終わる手法は臨場感があり効果的でした。各歌手の歌うアリアには、高音でなくてもコロラトゥーラの手法が控えめに織り交ぜてあり、装飾的ではあるがその時代の音楽の香りが漂います。音楽によってどの様に劇的な表現をするのかという作曲の基本形式がこのオペラには煌く宝石の様にちりばめられていて、「魔笛」と並ぶモーツァルトのもう一つの最高傑作がこの「イドメネオ」であると思います。ザルツブルグの宮廷付神父さんが台本を書いたこのオペラは、人間は過酷な運命の元でも、決して愛の祈りを忘れてはならないと教えてくれている様に感じられます。王と王子の人間関係は親子のあるべき関係を現代のためにも提示しています。現代の様な希薄なものでなく、血と心で繋がっていることを最後に証明して見せました。モーツァルトの音楽がオペラの基本形式を完成させながら、その内容においても劇的表現を決定づけていると感じられました。将に古典的音楽の華と言うべきオペラ作品ではないでしょうか。形式を無視する余り、無調となり旋律もなく和声もない、従って内容もない所謂「現代音楽」に対する天才モーツァルトの圧倒的なテーゼを体感致しました。京料理に喩えますと、美しい容器に美味しい料理を盛り付けることによって伝統文化の華を演出することが出来ます。形のない美などはあり得ないというモーツァルトの音楽的テーゼを永遠のものとして自覚を深めることが出来ました。
(17 Feb 2001)

百度の花を運べる男には、許し叶える母心かな!

Bringing flowers more than hundred times he will be forgiven by Her Mother !

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文献 「オペラ全集」 芸術現代社 1980

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「歌劇大事典」 音楽之友社 1962

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