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G. Verdi : AIDA |
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ジュゼッペ・ヴェルディが58歳の時に制作した、スエズ運河開通記念のエジプトの国家的プロジェクトとして1871年カイロの王立歌劇場で初演された歌劇「アイーダ」は数ある祝典オペラの中でも一際印象に残る作品として余りに有名であります。物語はエジプトの古代遺跡から男女一対の遺体が発見されたのを題材として、フランスのカミーユ・デュ・ロークルの書いた散文をイタリアの台本作家アントニオ・ギスランツォーニがイタリア語の台本にまとめたものに円熟期のヴェルディが作曲した記念碑的な作品であります。今回のデータは、1985年12月14日と17日にミラノのスカラ座で上演された録画を1987年にNHK教育TVが放映した番組のベータ版録画です。指揮はロリン・マゼル、ミラノ・スカラ座管弦楽団及び同合唱団、演出はルカ・ロンコーニ。配役はエチオピア王の娘アイーダにマリア・キアーラ、エジプトの若き将軍ラダメスにルチアーノ・パヴァロッティ、エジプトの王女アムネリスにゲーナ・ディミトローヴァ、祭司長ランフィスにニコライ・ギァウロフ、アイーダの父エチオピア王アモナズロにフアン・ポンス、エジプト王にパータ・ブルチェラッジェ、伝令にエルネスト・ガヴァッチ、尼僧の長にフランチェスカ・ガブリ等です。 ヴェルディは数々のオペラを成功させて既に隠遁して田畑を楽しむ余生を送っていたので、エジプトの副太守イスマイル・パシャの最初の依頼にも丁寧に辞退しているが、パシャの熱心な求めと特にカミーユ・デュ・ロークルが担当したフランス語の散文による台本に興味を示し自らのアイデアも盛り込んで、アントニオ・ギスランツォーニにイタリア語の台本を依頼したと云います。ヴェルディはワーグナーの楽劇的要素を取り入れて、自ら新しい劇的効果を実験しています。それまでのイタリアオペラでは「番号アリア」と云われていて、アリアがオペラの劇的物語の進行と密着していなかったのを、「アイーダ」ではアリアそのものの劇的効果を高める様に工夫が為されています。ワーグナーの場合は「楽劇」という全編切れ目のない音楽が続きますが、これはワーグナーが音楽を幕間で中断すると楽想も途絶えることを極端に嫌ったからですが、ヴェルディの場合はさすがにイタリアオペラの王道を築いた作曲家ですから、三幕または四幕のオペラに仕上げました。ヴェルディもワーグナーも当時お互いに意識していたことを知り、とても興味深く感じられました。 初めに演奏される前奏曲は極めて静かな調べに終始します。また、第四幕第二場の最後の場面のアイーダとラダメスの地下牢での葬送と祈りのフィナーレでも、いとも静かなすこし宗教的な祈りの音楽で終わります。これに対して、第二幕でラダメスが凱旋して帰る時の華やかな「アイーダ・トランペット」による行進曲は誰でも聞いたことのあるメロディーですね。第一幕の冒頭でラダメスが歌う「清きアイーダ」も有名なアリアです。オペラの全編は会話体の台詞はなく、すべてレチタティーボで綴られて行きます。この当たりもイタリア・オペラの偉大な伝統を守っているのでしょう。レチタティーボ・セッコの部分もあれば、アリアに導入するレチタティーボ・アコンパニアートの部分もあります。今回の上演ではルチアーノ・パヴァロッティのテノールとニコライ・ギァウロフのバスとの対比が際立っています。マリア・キアーラが演じるアイーダのソプラノは、恋敵のアムネリスを演じるゲーナ・デミトローヴァのアルトとの対比ではすこし力量不足を感じました。それだけゲーナ・デミトローヴァに一日の長があるということでしょう。どちらかと言えば、このオペラではヒロインのアイーダの役よりも、恋敵のアムネリスの役の方がより難しいと思います。「主役より脇役の方が遥かに難しい」という諺の通りです。第四幕第一場では、ラダメスに地下牢に生き埋めの刑を言い渡した祭司たちにアムネリスが呪いの言葉を投げ付けます。片思いながらも愛するラダメスを失うアムネリスの胸中もまた如何でしょうか。激しい呪いの言葉を引き上げる祭司達に吐き捨てて、自らも倒れてしまいます。ゲーナ・ディミトローヴァは見事に歌いまた演じきって見せました。彼女のアルトの凄みが第四幕第一場を引き締めます。そして、フィナーレの第四幕第二場ではアムネリスは愛する人が天国の門を通れる様に一心に祈ります。そして、「安らかに」を何回も繰り返して幕が降ります。アムネリスがお祈りしている寺院の地下では、ラダメスとアイーダが二人で天国へと旅立つために、やや明るい調子でこの地上で最後の重唱を謳い上げます。上下二段に仕切られた、上の寺院のアムネリス、下の地下牢のアイーダとラダメス、この物語を終えるにふさわしい悲劇的な結末を迎えます。 ラダメス役のルチアーノ・パヴァロッティは今回初めてラダメスを歌いましたが、さすがに現代イタリア最高のテノールの一人だけあって、とても初めてと思えないほど歌も演技も決まっていました。祝典オペラは内容のつまらないものが多い中で、「アイーダ」は音楽もドラマも見るべきものが多く、ヴェルディの数多いオペラ作品の中でも最高の部類に入ると思います。注目すべき事は、一度隠遁していたヴェルディがその間に学んで蓄積したものをこの作品に取り入れているということです。当時のヨーロッパを二分したワーグナーとヴェルディが競う様にして、全く異なるオペラの作風を打ち立てた19世紀後半は将にオペラの黄金時代でした。そしてその黄金時代の到来を準備したのが私達のモーツアルトその人であります。今回はヴェルディの晩年の作品から「アイーダ」を取り上げて感想を申し上げました。オペラ作品はとても100回以上聴くことが困難ですから、作品の全ての詳細を視聴出来た訳ではありません。部分的な評論に終わっていることも、どうかご了承下さい。オペラの研究と制作は実に無制限な時間と、どんな時も諦めないで止まることを知らない亀さんの様な根気のいる仕事と自らに言い聞かせて毎日を過ごしています。 (10 Feb 2001) |
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