シェイクスピアのドラマ

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Ky-041

Shakespeare's Drama

先日、DVDのディスクを整理していて偶然にもシェイクスピアの「リア王」を再生するテストをしました。冒頭部分をすこし見るつもりが三時間もかかるドラマの最後まで観てしまいました。以前にも何回も繰り返し観ているのに、どんどん引き付けられてオペラの研究をしているのにその日はシェイクスピア研究の日になりました。シェイクスピアの主要作品には、この「リア王」の他に、「オテロ」 「マクベス」 「ファルスタッフ」 「お気に召すまま」 「ヘンリー六世」 「リチャード三世」 「ジョン王」 「王女シンベリン」 「ペリクリーズ」 「コレオリーナス」 「冬物語」 「ウィンザー城の陽気な女房たち」 「ベローナのニ騎士」 等など沢山ありますが、私が記録しているのはこれぐらいです。更に「ハムレット」 「ロメオとジュリエット」 「ベニスの商人」 「真夏の夜の夢」なども有名ですね。これらの幾つかはヴェルディによって素晴らしいイタリア・オペラに変身しています。ロンドンのコヴェント・ガーデン王立歌劇場では、シェイクスピア原作のオペラを上演するのを好む様ですね。
この日私が感嘆したのは、音楽抜きでもこれほどまでに迫力のあるドラマがあるとは信じられない。「
英語は歌いにくい」と何時も申し上げていますが、シェイクスピアにおいては、英語はまるで大空を飛ぶ鳥の様に自由に舞台を駆け巡ります。そのリズムテンポが決まっていて、観るもの聴くものを片時も捕らえて離さない。シェイクスピアの戯曲は、「強弱弱」の四分の三拍子を基本リズムとして成り立っていると言われていますが、戯曲そのものが音楽的なリズムを持っているのですね。本日は「リア王」を例にとってご紹介していますが、国を二分して長女と次女に与えたのに逆に冷遇されて発狂してしまう。何も与えなかった三女が嫁いだフランス軍によって一度は助けられるが、仏軍も破れて囚われの身となる。最後に失脚する詐欺師の司令官によって三女は殺される。その亡くなった三女を抱いて悲しみの内に幕となる。ドラマの終盤に長女と次女に追い出されて、雷鳴轟く暴風雨の中でリア王は自らの「人生の真理」を身を以って悟ることになります。そのお供をするのが、王に直言して憚らないピエロ即ち「道化」と「忠臣」ですが、リア王は二人の助けを借りながら仏軍のいるノルマンディーに辿り着いて三女に侘びます。演じている役者名はこの際省略しますが、その役者達の演技がシェイクスピアを演じて世界一素晴らしいことは言うまでもありません。今から400年も前に、日本では関が原の合戦の頃に既に「老後の問題」を深刻に捉えた不朽の名作として「リア王」があります。また、シェイクスピアの戯曲が素晴らしいのは、彼自身が初めは役者であったことが大きいとされています。
見終わった後も私の頭の中は暫く真っ白になっていました。音楽なしでこれほどまでに、大きい感動を演出できるとは! 音楽が無くても感動が大きいのであれば、オペラにおける音楽の役割は何なのか? 「リア王」は
オペラの音楽は演劇よりも大きい感動を与えられると信じていた私を打ちのめすのに十分でありました。こうしてシェイクスピアはわがオペラの前に「音楽など無くても負けはしない」と立ちはだかっています。村山さん、どうか助けて下さい。「私のオペラでは音楽によってシェイクスピアに勝てる!」と言っていただきたい。私達はそのことを「日本語のオペラ」で世界を相手に証明して見せたい。
そのためには台本の詩と台詞が完璧でなくてはならない。それを歌い上げる音楽はアリアでは特にその音楽的効果を最大限に引き出したいものですね。シェイクスピアに「そんな音楽などなくても良い」と言わせない様にしたい。もちろん重唱でも合唱でも、前奏曲でも間奏曲でも、オペラでなければ出来ない音楽による「
劇的効果」を決めたい。私達が束になって繋って行っても、英国の史上最高の劇作家であるシェイクスピアには勝てないかも知れませんが、彼は日本語の詩歌の存在も知らないし、日本語の美しさも知らないと思うから、彼を圧倒するには私達は日本語の歌と音楽で勝負するしかありません。そして、もし彼がタイムマシーンで現代の日本に来たとして、「日本語のオペラもなかなか良いね!」と言わせてやりたいものですね。
今回鑑賞したシェイクスピアのドラマは、BBCがTV放送用に英国演劇の総力を挙げて制作した歴史的な名作シリーズで、NHK教育TVが15年位前に何年にも渡って独占放送したもののベータ版VTR記録です。放送された全てを録画出来なかったのですが、主要作品は記録に残していますので今もう一度じっくり観たいと考えています。オペラの研究にもシェイクスピアの作品が必要な理由をご理解頂けると嬉しく存じます。結局、オペラと演劇の先進国の作品は、「
すべて母国語で書かれたものであり、その国と民族の音楽で綴られた作品である」と言えます。それならば、私達も「日本語で台本を書き、日本の音楽で綴ろう」ではありませんか。オペラと演劇の違いは何かという課題については後日に廻しますが、音楽劇であるオペラの研究と制作においてシェイクスピアという天才劇作家の存在が気にかかる今日この頃です。
(5 Feb 2001)

わが思いことばで言えぬ心こそ、君が答えも聞けぬ悲しさ!

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