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Opera Trio |
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村山さん、再度明けましておめでとうございます。新年の本日は音楽に関係のないお話から申し上げます。和歌山から帰省していた長男を見送ってから、私は自分の研究室に帰りました。すると、録画予約していたNHK新春ドラマ「四千万歩の男・伊能忠敬」が午後7時15分に自動的に始まりました。56歳から第二の人生を勇敢に開拓した、将に「努力の人」であります。ドラマのあらすじは、NHKのHPを見て知っていましたが、実際に拝見すると原作者の井上ひさしさんの意図がよく読取れました。音楽の川崎真弘さん、尾西兼一さんの脚本も優れていましたが、二時間という狭い枠にはめるには大きすぎる物語ですね。伊能を演じる橋爪功とその妻お栄を演じる高島礼子の好演が光りました。その他には師匠の高橋至時に風間杜夫、元老中松平定信に片岡仁左衛門、同行する至時の弟子隼太に宍戸開などの好助演を得てTVドラマながら映画並みの仕上がりでした。片岡が最後に述べた「伊能忠敬はこの国の100年いや200年先を見通している」という台詞が気に入りました。また、高島が江戸芸者の気風を見事に演じて橋爪を助けていました。年甲斐もなく自分の境遇と重ね合わせて、二時間の間に何度か自然に涙を禁じ得ませんでした。オペラの感動とは又別の感動でしたが、私は「伊能忠敬も立派にオペラの主人公になれる」と感じましたし、この歴史上の人物をテーマにした日本語のオペラは書けると思いました。しかし、次の瞬間に原作者の井上ひさしさんは余りに日本では有名な作家であるし、そんな方の書かれた作品から台本を書くのは如何にもおこがましいと思い直しました。 1月6日にはまた、NHKの5回シリーズで「菜の花の沖・高田屋嘉兵衛物語」が始まります。原作は司馬遼太郎さん、脚本は竹山洋さん、主演は竹中直人さん、音楽は小六禮次郎さんです。淡路島出身のこの勇敢な大商人に原作者の司馬さんが惚れ込んで、近世日本の歴史で第一の人物で第二がないと言うほどとのことですが、単独で大国ロシアと堂々と交渉して渡り合うというシーンもあるとのことであります。そして交渉をまとめてロシアの極東部を去るときに、ロシア側から期せずして「ウラー、タイショウ!」との歓声が何度も繰り返し上がったとロシア側のリコルドの「手記」に記録されているとの考証が伝えられている。この高田屋嘉兵衛も近世日本の歴史上の人物として立派に、日本語のオペラの主人公になれると思いますが伊能忠敬の例と同じく、著名過ぎる作者の代表的な作品ですから、私には台本を作れません。竹山洋さんの立派な脚本が既にあるので、そのまま舞台でも上演出来ますし映画にもなるでしょう。その上に誰かがオペラの台本を書くというのは余りに越権行為と言うべきでしょう。 以上ご紹介した人物は何れも日本にとっては「北方問題」であり、大国ロシアと勇敢に渡り合ってきた小国日本の血の歴史があります。21世紀の初頭に日本の最大の外交問題となるテーマをNHKは敢えて選びました。今年の大河ドラマも「北条時宗」ということで、現代の中国にアメリカとロシアと全欧を併せた様な、当時の世界帝国であるフビライの元が東海の小国日本を20万人の軍隊を派遣して海路より攻めて来るという「史上初の国難」の時代を描こうと云うものです。結果は幸運にも「神風」が吹いて元に完勝しましたが、それは100年前の日本海海戦と同じく薄氷の勝利であった訳です。このことから日本不敗の「神風神話」が盲信されて55年前の亡国の敗戦を迎えることになりましたことはご承知の通りであります。オペラには祝祭的な要素もあり、新たな「国粋主義」を助長するような作品は断じて書きたくはありません。また、私が学生時代から台本に書きたい歴史上の人物は、南方熊楠、後醍醐天皇、ダンテ、玄奘三蔵、八橋検校、堤中納言などを思い出します。物語では何と言っても源氏物語の一章でも書ければと夢見て来ました。 さて回り道をし過ぎましたが、長男の車のタイヤを交換する間にその店でたまたま見つけた写真誌に、何と団伊玖磨先生のインタービューが載っていました。先生の最高傑作のオペラ「夕鶴」はこの50年間に650回も世界で上演されたとのことで、年平均13回にもなる。その世界での人気の高さに改めで敬意を表したいと思います。恩師の山田耕作先生はお父さんの友人であったとのことであり、太田黒元雄先生が「山田耕作の後には碌な作曲家がいない」という評論を読んで発奮されたとも、山田先生からは反面教師としての教えも沢山教わったので、女性問題と浪費には特に気をつけておられるとか、山田先生が計画して完成しない内に亡くなられた、八丈島のスタジオは今も大作を書くときには何ヶ月も滞在していると話しておられます。最後に「これからはどんなオペラを書かれますか?」との質問に、「デュアルオペラ」と答えられました。「Dual Opera」とは、歌手が二人だけのオペラとのことです。これを確認して私達のオペラでも「三人だけのオペラ」を意図してしていることが21世紀を先取りするものであると自信を深めた次第です。しかし、「二人オペラ」には私は賛成しません。理由は「二人芝居」は昔からあり、現代でも漫才にその典型を見い出します。オペラでは最小限でも三人いるというのが私の学生時代からの考え方です。オペラという総合芸術では、客観的な物差しが必要であり、法的人格の最小単位が三人であることにも、ジャズバンドのトリオにも通じています。二人では私的になりすぎるからです。三人の場合は「オペラトリオ Opera Trio」と命名したいと思います。「劇的三角形」 Dramatical Triangle とは古来ドラマの基本構成であります。哲学的には「正、反、合」等とも呼ばれています。ドラマの緊張を保って物語るには三人の登場人物が必要であります。それ故にオペラでも三人が最小単位のオペラであると学生時代から主張して来ました。ですからピアノ一台と歌手三人だけでもオペラは書けると思い続けて来ましたし、極限まで簡素化されたオペラに一度帰ることが21世紀には必要であると新年の抱負を新たにしています。また、団伊玖磨さん(76歳)の「ミュージカルばかりではなく、21世紀にも新しいオペラが生まれる」という強い言葉を私達への励ましの言葉と受け取りました。これからもミューズの女神のご加護が、村山さんにも私にもありますように新世紀の年頭に当たり深くお祈りする次第です。 (3 Jan 2001) |
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