自らの作品を聴く方法

music forum

Ky-032

Listening to one's own works

村山さん今晩は! いよいよ21世紀がやって参ります。時はこちらから迎えに行かなくてもやって来るし、追っかけてもやって来ます。会わない様に後ろ向いて逃げても遠慮無く定刻にやって来ます。「オペラ・ホリスティック」の第一幕第一場で嘆いた様に、時間だけは、この世の誰も止められません。時間だけは地上の誰にも、等しく押し寄せる超自然力のひとつであります。21世紀を迎えるに当たり、その直前にインターネットを通じて、私の音楽の先生であるべき村山さんに邂逅出来た幸せを、ミューズの女神に深く感謝しています。その21世紀を如何に過ごすか、私にとりましては短い人生の総決算の第四コーナーに位置しています。もしこの時、村山さんに出会ってなかったら、私の人生のゴールはあまりに月並みで音楽のファンファーレもなかったでしょう。でも現実はそうではありません! 21世紀の初期に迎えるわがゴールには、私の到着順位に関わらず、一位で到着するに等しい華麗なファンファーレを期待しています。私は日暮れて競技場に辿り着いても、あたかも優勝者の様な、ファンファーレと共に一人でテープを切ります! 交響詩「札幌」第一楽章のあの「二連四打」の鐘の音も良いし、「結婚行進曲」の「ケーキカットの曲」も良いと思います。そこで21世紀前夜を迎えて自らのライフワークについての感想を申し上げてみたいと思います。
誰しも人生の終わりまでに壮大なライフワークを完成させたいと若い頃からの夢を持っています。夢を持っている人は持っていない人よりは遥かに幸せです。しかし、幾らか作品を残せたとしても、それが音楽や芸術の歴史にも残る様な名作であるかどうかは別問題であります。どんなアーティストも自分の演奏や作品には、一般的には客観的な評価が出来ないというジレンマを内包しています。それはあたかも
鵞鳥の歌声を他の鳥たちが、決して美しい音楽とは認め難いという例え話にも似ています。自分の作品を客観的に自ら評価できる人は稀有と言えるでしょう。誰しも自作についてはどうしても「我田引水」や「先入観」と「身びいき」があるからです。では、自らの作品や演奏を客観的に自ら評価するにはどうすれば良いのでしょうか? この問題に完全な答えを用意した人物はまだこの地上には居ません。恐らく21世紀にもいないでしょう。ペンネームを付けて活躍する芸術家が多いのは、自らを客観視するという隠れた目的を持っていると思います。ここで私なりに自らの作品を客観視する方法について申し上げてみたいと思います。それには、私が村山さんの作品をこの一年以内に三百回以上拝聴できたという事実が生きて来ます。それ故に自らの作品も他の人の作品と同じく三百回以上聴かなければならないという結論に自ら到達致しました。自らの作品も三百回以上繰り返し聴けば、先入観も我田引水も幾らかは超えられるのではないかと期待する者です。私は現在わずか二曲しかない音楽作品を、21世紀を目前にして繰り返し聴き始めました。もしも300回続けて聴くことが出来れば、ある程度の客観性を持って21世紀に残しても良い作品と自ら仮に認定したいと思います。もし、300回に到達するまでに聴くに耐えなくなれば21世紀に残せない作品として消去すべきものと考えます。そして、60歳の還暦祝いには連続300回の試聴に耐えた作品のみを一枚のCDに収録して、お互いに理解し合える友人に贈りたいと計画しています。その選定はあと二年の猶予期間がありますので、一篇の詩でも、一篇の音楽作品でも良いのです。そんな作品がひとつでも残るように最善をつくしたいと念願しています。誰しも「自作自演」の作品を客観的に評価することは不可能に近いと思いますので、敢えて自らに超えられないようなハードルを課す必要があると感じています。自分の作品であっても、他の人の作品と同じく客観的に評価する勇気を持ち、心有る朋にその批判を仰ぐ姿勢を失ってはならないと思います。
モーツァルト先生は一度聴くだけで直ちにその全曲を正確に弾いて見せる事が出来るのですが、私達凡人はとても不可能な事です。凡人に出来ることはせめて100回、200回、300回と連続して聴き続けて、作曲者の楽想を辿る事しか出来ません。300回でも十分でなければ、
1000回までも聴き続ける必要があります。聖書にも書かれてある通り、「聞いても聞こえず、見ても見えない」凡人に出来る事はこれだけなのであります。特にモーツァルト先生の音楽は、こうして聴き尽くしてからでないと評論などおこがましいことです。それほどモーツァルト先生の音楽は大自然そのものの様に奥が深いのです。21世紀前夜に日夜考えることについて申し上げました。一夜明けて21世紀を迎えれば、ただひたすらに幸運を祈るだけです。自分はそれ以上でも以下でもなく、また村山さんの説かれる「無意識下」の自分には十倍の潜在能力が隠れていることもあるかもしれません。もしその潜在能力が残っていればそれを開拓したいものですね。村山さんの21世紀に乾杯!そして私のゴールにも乾杯!
(21 Dec 2000)

この愛は君と二人で生きる道、時をも超えて変わる事なし!

To live with You my Love being ever faithful over time and place !

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