この にそえて ・・・ no.254                     


          

 悲恋の大桂・・・  徳島県では最大級の大桂。四国でも有数の巨樹で壮麗かつ雄大な樹影は玉取山の大桂にも匹敵する。

   こういうものがまだあったとは驚嘆した。とにかく分かりにくい場所にあって、かなり前に存在を知ってから何度も足を運んだ。極小

   さな写真と大桂にまつわる伝説のみを元に手がかりのある場所を散策。一体どれくらいの樹なのだろうか? 探すうちに、どんどんと

   思いは募り期待も膨らんだ。暫くしてから別の情報で周囲22.4mという文字を目にしてしまうと更にこの桂への思いは強くなった。

   「昔、このあたりに住んでいた百姓の立派な若者が当地の武家の娘に恋をした。武士と百姓では結ばれん時代。二人は思い余って

   駆け落ちをし、峠近くまで逃げてきた時、とうとう追っ手に捕まって首をはねられてしまった。その首がこの谷にまで転がり石に食いつ

   いていたそうだ。哀れんだ家人がそこに祠を2つ並べて祀り石積みの山の神とした。桂はすぐそばで二人の悲恋を何百年となぐさめ

   見守り続けている」(藤川谷物語)※文章要約。現在も実際にその祠が樹の直ぐ下にあり、先ずはと御参りしていたのが良かったのか。

   とにかくこの桂の優美な樹影に見とれた。根元に落折した枝は複数あるが樹形はよく保たれていて美しい。丸い小さな葉は近くにある

   カエデの葉と重なってなんとも瑞々しい緑の空間を作っている。幹は複数が癒合して一塊の巨大な根元を形作り、うち一本は根元近

   くから分かれている。問題の周囲は複数幹の株立ちと見て、それに沿った計測をされたのだろうか。一見すると合体した大きな株と、

   先の一本の幹のようにも見える。しかし、これだけの樹を前にして本当に苦労した甲斐があった。とにかく苦労した。このまま手を合わ

   せて帰るか。それとも今手にしているこのメジャーを合わせてみるか・・・ 今まで既に数値の出たものには極力それを尊重して何もし

   ないでいた。とくにこういう、いわれのある樹はなかなか手が出せない。しかし実際の大きさを把握したいという欲求と暫く葛藤してから

   ついに意を決し、何度も礼をし合掌し、計測をし始めた。この時不安定な斜面の上でよろけた瞬間、一本だけ飛び出していたヒコバエの

   先が見事に目に入ってきた。避けようにも動ける足場が無い。メジャーを持った手を上に伸ばしきったまま、目をつぶって一瞬体が地面

   から離れた。もう上か下かも分からない。下は先が尖った岩のゴロゴロと転がった急な斜面。「あっ、こりゃダメかもな・・・」そう思った直

   後、体がフワリと下に落ちてゆっくりと目を開けた。なんともないか? 少し岩に手を打ちつけたか・・・

   ほぼ無傷ですんだのは先に祠に御参りしていたからかもしれないな。南無大師遍照金剛・・・長い坂道を行き来して足はガクガク、手は

   痛い。体は泥だらけ。暫くは放心状態で座り込んだまま樹を眺めていた。それにしてもたいしたもんだなあ。本当に来て良かった。得心が

   いった。想像していたのとは多少違ったがやはり凄い樹だった。立派な桂だ。神様どうもありがとうございました。失礼しました。

   やおら腰を上げて深く礼をし、また坂道を登って石積みの神の谷を後にした。


   悲恋の大桂 ・・・目通り周囲 ? m /樹高 30m(目測)/徳島県、三好市