この にそえて ・・・ no.253                           


            

 山の神さんの榎・・・   全国でも最大級の大榎が次々と枯れている。そんな中で徳島県つるぎ町の一宇に日本一と言われる

   「赤羽大師の榎」が残っており、何年か前に訪れた。地域が「巨樹王国」と銘打ってこれらに尽力し、榎は後に国指定の天然記念物

   になっている。是非とも虫害の脅威からも老木を守ってもらいたい。現在これに次ぐものが、この隣の三好市にあるということで何年も

   前から探していたが、ついに役場の方からお返事を頂き山深い霊峰の麓に分け入った。最初は樹の直ぐ近くまで行っていながら発見

   できず、次は麓のお寺で住職に所在を尋ねる。地域の人も殆ど存在を知らないようで「本当に会いたいと思う者でないと見つからんよ」

   と言われた。民家が途切れる所に神社があり、これは霊峰の前神様かも知れない。「どうぞ樹に会えますように」とお参りをして山道に

   入る。行程約6.5キロの悪路。途中小さな滝もあり、遥か谷向こうの山々には広葉樹がびっしりと蔓延っている。分かれ道を過ぎて谷に

   到着すると、前回見ていたはずの周辺に目を凝らす。ああこれだったか。前はまだ思いが足りなかったという事か、樹は直ぐ見つかった。

   ふと見ると目の前にカモシカがいる。慌てて身をひるがえし、ほぼ垂直の崖を一気に上って森に逃げ込んだ。この場所も、みだりに人

   が立ち入るような所では無いなあ。直ぐ脇に下りた林道は結局この樹には通じておらず、谷に深く突っ込み過ぎて一時脱出不能になり

   かけた。また樹に到着するまでにも大きな蛇が行く手を真っ直ぐ伸びて遮っていたり、羽虫の大群に纏わりつかれたり・・・これはひょっ

   として験されているのかな? とさえ思えてくる。 ようやく岩の崩落した谷を下って樹の根元まで着いた時、なんと榎が「ボォー」と低い音

   をたてて唸っている。驚いて思わず手を合わせ、真言を唱えた。「ボォーボォー」更に音が大きくなり、一瞬この巨大な樹に見下ろされて

   いるような恐怖感を抱く。その時、幹の小さな穴から一匹のクマバチが飛び出した。ああ、唸り声の正体はこれだったか。内部には多

   少空洞があるようで、絶妙に反響して大きな音をたてていたのだろう。ほっとして、ようやく樹を眺めると、一部低くから枝別れしたような

   樹形で幹は確かに大きい。しかも殆ど損傷のない見事な健康体で、上から見た印象とは違って葉の付きも良く、樹勢は良好のようだ。

   先の一宇の大榎と比べても遜色がない。樹を見ていると時々地回りのように大スズメバチが耳元まで寄って来る。「少しでもおかしなま

   ねをしたら刺すぞ !」という気配満々で体が硬直した。これは本当に神様の樹だなあと思った。森中の眷属に守られているというような

   雰囲気があった。何度も手を会わせ、お礼をし谷を離れる。帰りにもカモシカに会った。「さようなら、もう騒がしには来ないからね」山の

   神様失礼しました。山道を下りてまた前神様にお礼とご報告。麓の寺にも御参りをして住職にもお礼を言おうとしたら、法事か何かで込

   み合っていて縁側で慌てて着替えをしているようだ。どうもありがとうございました。一礼し、山神さまの暮らす霊山を後にした。  


   山の神さんの榎 ・・・目通り周囲7.9m/樹高20m(目測)/徳島県、三好市