この にそえて ・・・ no.19


  

 長曽我部元親・・・ 戦国時代、初めて四国を統一した武将、長曽我部元親。 四国の高知県以外に住

   んでいる者にとっては、英雄というよりはむしろ大昔に山を越えてやってきた侵略者、という怖いイメージだけ

   が語り伝えられているようで一個の人間としてはなかなか想像がつかない。南国市の国道32号線沿いに岡

   豊(おこう)山という100m足らずの小さな城山があって今は資料館が建っている。そこが元親の居城だった。

   生来、気の弱かったこの調略家が、信長、秀吉という乱世の英傑達を産む時代の風に押されて阿波、讃岐、

   伊予と山を越えて次々に国を切り取っていく。「神仏の声は心で聞くもの、天の声は知恵で聞くもの・・・」

   天の声を聞いて、あわよくば京へも押し出そうという元親だったがそこにはもう、あの神をも恐れぬ男、尾張の

   織田信長が居座っていた・・・

   元親のもくろんだ中央進出はかなわなかったが、その怨霊とも言うべき維新の志士達によって日本はひっくり

   返ってしまった。今、四国で長曽我部を偲ぶものの多くは、功績よりもむしろ焼き落とされた城跡や類焼した老

   木というのも、なにか複雑な思いがする。 


三島神社のイチイガシ 目通り8m/樹高20m/樹齢1300年/愛媛県肱川町中野・三島神社/県天

《 永禄11年(1568)長曽我部勢によって社殿ごと焼き払われ、焼け残った幹から又、新芽を出したという 》