西条の市街地から東側、国道11号線にて松下寿電子の工場の辺りから南に入った所に王至森寺がある。
西條の歴史探訪 (明比学 昭和60年)には、以下のように記されている。 王至森寺 所在地 野口 寺は法性山多聞院という。本尊は大日如来、京都仁和寺未中本山格、真言宗である。 寺の上の高所に権現社があり、法性権現を祭る。 その昔、舒明天皇道後温泉行幸の途次、燧灘で暴風雨に遭遇され、この地に難を避けられたので、それより王至森寺と唱えるようになったとの伝承がある。 また、原八幡神社の別当寺であった薬師寺が、天正の陣に兵火にかかり焼亡したのでこの地へ移ったという伝承もある。 山門の扁額「法性山」は小松藩三代一柳頼徳の筆跡である。藩政時代はこの地は上島山村で小松藩領であった。また、一柳頼徳は名君と称せられ、当時三百諸侯きっての能筆家であった。 裏山に西国33番札所があったが、最近境内へ移して祀っている。門外には国指定天然記念物「王至森寺のきんもくせい」がある。全国でも最も大木の金もくせいである。昭和2年、国から特別天然記念物として指定せられたものであるが、老令のため大分弱りかけている。 |
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王至森寺は舒明天皇(629〜641)が道後へ行幸の途中、暴風雨に遭い、森の中で難を避けられたところから「王至森寺」といわれるようにあんったとの伝説があります。 また、境内にある高さ16mのキンモクセイは、常緑小高木であるモクセイとしては珍しい巨木で、昭和2年に国の天然記念物に指定されています。 毎年10月頃、赤黄色の小さい花を多数咲かせ、その花の香りは2キロ四方に達します。 |
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