東人の新居浜生活/近郊の観光地ちょっと遠出(日帰りで行ける所)徳島方面大歩危

徳島方面/大歩危


 Xハイウェイの開通により、徳島道 井川池田ICから大歩危・祖谷方面に簡単に行けるようになった。
 

大歩危・小歩危



 
 確か中学の地理の時間に、大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)という地名を習った記憶があり、面白い名前であることだけは覚えていた。
 今までは、新居浜からは遠い所かと思っていたが、高速道路が徳島道まで直通になり、近くなった。
 大歩危とは大股で歩くと危ない、小歩危とは小股で歩くと危ないという意味らしい。
  約2億年前に作られた三波川結晶片岩が最も露出している所が秩父の長瀞と大歩危・小歩危であるという。
 切り立った岸壁や奇岩がそそり立つ渓流が美しい景観を織りなしている。
 大歩危からは川下りの遊覧船に乗ることができる。




ラピス大歩危



 
 全国でも珍しい石の博物館。
 火星の隕石、美しい宝石とその原石、果ては胆石や歯石など人体の石まで、多種多様の石が展示されている。
 大歩危で採集された礫質片岩を展示して渓谷のできた理由を分かりやすく紹介する「石を科学する」コーナー。
 「人のくらしと石」コーナーでは、金属資源の石、県内に出土された石器や人体の石が展示されている。
 「石の花」のコーナーでは、宝石やその原石が展示されている。
 ラピス大歩危とは、ラピスラズリという、アラビアの夜空にたとえられた宝石の名前から由来しているという。




平家屋敷



(当家の由来)  当家の祖先である堀川内記は安徳帝の御典医として治承・養和・寿永のころ宮中に仕えたが、平家の都落ちのとき安徳帝を供奉して屋島に逃げのびた。
 平家滅亡の後、残党と共に祖谷に入山した内記は、祖谷の山野に薬草の豊富なことに驚き、深山を散策して秘薬を採集し、当地で医を開業し諸民に医療を施すとともに、神官を兼ねて医業を行っていたが蜂須賀入国のときは反旗を翻し戦い負傷者の治療に当たった、祖谷軍が破れ堀川家も罰せられたが、後に赦されて、西岡名主となり、姓を西岡の地名をとり西岡内記と名し当家の初代となった
 
 大歩危から祖谷に向かう途中に平家屋敷がある。
 江戸時代の民家の中に、鎧や古文書などが展示されている。
 展示物には、昭和の前半の物もあり、懐かしく感じられた。
 
 

当家の建築について
(合掌造り)
当家の建築は特別な建方をしています。
内部は全部(けやき)の大木を組んで造られ、天井はなく普通の家の三階のようになっています、また屋内には壁や押入がなく家の中が一つの部屋になり、屋根は部落共有の茅野から刈られた茅で葺いてあり、室内の「いろり」で年中火を炊く「いろり」はことにより50年の風雪に耐えることができます。
 
 





ちょっと遠出(日帰りで行ける所)