「魔笛」

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Ky-037

W. A. Mozart : Die Zauberfloete

いよいよ18世紀の最高のオペラ、モーツァルトの「魔笛」の番が来ました。19世紀に花開くオペラ全盛時代を産み出す金字塔としての作品であり、オペラ400年の歴史においても今も最高のレベルにある歴史的なオペラ作品であります。その特徴は、第一にイタリア語ではなく、遂にモーツァルトの母国語であるドイツ語で書かれたということ、1600年にカメラータの音楽劇の実験から始まったオペラの集大成としての位置にあること、会話の台詞を本格的に取り入れていること、音楽形式も古い伝統を踏襲しながら、新しい形式も産み出していること、アリアには高度で最高の歌唱技術を必要とすること、物語が現実からかけ離れている様で時代を批判する精神に富んでいること、祝典的でもあり又教育的効果を十分に持っていること、それでいて大衆性も含有していて次の時代にウィーンからオペレッタを産み出したこと等と挙げればきりがないほど歴史的に重要な作品であります。発表以来今日までずっと途絶えることなく、世界中で上演され続けていることも驚異的であります。文豪ゲーテもベートーベンも、モーツァルトの最高傑作であると深く認識したことも伝えられているし、ゲーテは続編の上演を企画しようとしていたとも云われています。初演は1791年9月30日、ウィーンのアウフ・デル・ヴィーデン劇場で、午後7時からモーツァルトの指揮で上演され、義妹ヨゼファが「夜の女王」を歌い、台本を書いたシカネーダーがパパゲーノを歌った。シカネーダーはヴィーデン劇場の支配人でもあり歌手と台本作者を兼ねた、ザルツブルク時代からの親しい友人であり、共にフリーメイスンの会員でもあった。「魔笛」の物語の通り、モーツァルトはフリーメイスンの秘密結社の中で「親方」の位を貰ったが、シカネーダーは「職人」のままでパパゲーノの様に破門された事実を反映させている。初演の反応はどの最高傑作にも共通の静かなものであったが、日を追う毎に評判は高まり、10月には20回を超える上演を行った。11月下旬になると、モーツァルトは静かな喝采による大成功を喜びつつも、病床に伏して劇場へ行けなくなったがパパゲーノのアリア等を口ずさんでいたと言う。それにしても、モーツァルトの指揮はどんなテンポであったのであろうか? 今となっては知る由もないが、ニコラウス・アーノンクール先生が最近モーツァルトのオペラを指揮される時のテンポの取り方に近いのであろうか? 単位時間あたりのテンポの変化が大きいメリハリの効いた躍動感に富んだ指揮振りであったのであろうか。それとも、華麗にして優美で自然なテンポであったのであろうか?
今回視聴した作品は、1983年にミュンヘンのバイエルン国立歌劇場で行われた公演のライブ録画から、DVDとして1989年に配布されたものです。台本はエマヌエル・シカネーダーによる二幕のオペラで、今回の出演は指揮、ヴォルフガング・サヴァリッシュ、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、同合唱団、演出はアウグスト・エヴァーディング。配役はザラストロ(高僧)にクルト・モル(bs)、タミーノ(王子)にフランシスコ・アライサ(tn)、弁者にヤンヘンドリック・ローテンリング(bs)、夜の女王にエディタ・グルベローヴァ(sp)、パミーナにルチア・ポップ(sp)、パパゲーノにヴォルフガング・ブレンデル(br)、パパゲーナにグドルン・ジーベル(sp)、モノスタトスにはノルベルト・オルト(tn)、三人の侍女にパメーラ・コバーン(sp)、ダフネ・エヴァンゲラートス(sp)、コルネリア・ヴルコップ(al)、三人の童子にテルツ少年合唱団の三人のソリスト達、セドリク・ロスドイッチャー、クリスチャン・イムラー、ステファン・パンデメーヤ。二人の武装した男達にヘルマン・ヴィンクラー(tn)、カール・ヘルム(bs)。四人の僧侶にクルト・ベーメ、フランツ・クラールヴァイン、ゲルハルト・アウアー、ダヴィッド・タウ。三人の奴隷にペーター・ワーグナー、ローランド・フレーリッヒ、アバス・マグフリアン。合唱指揮はギュンター・シュミットボーレンダー。夜の女王役のエディタ・グルベローヴァのソプラノは十分にその最高音を歌い切っていて、またDVDによる再生技術もやや金属的ではあるが、十分に鑑賞に耐える水準にあると感じました。
あらすじは申し上げるまでもありませんが、制作当時モーツァルト自身が所属していた秘密結社フリーメーソンの中の人間関係を投影しているとも、当時のウイーンの世相を皮肉っているとも言われています。王子タミーノが三人の侍女に大蛇から救ってもらったお礼に、夜の女王の娘パミーナを救い出そうと、パパゲーノ(鳥刺し)とザラストロの城に忍び込んだのに、逆に高僧ザラストロに諭されて苦行を積んで一人前の王子になるという物語でありますが、愛するパミーナに会っても口をきいてはいけないという段は大蛇が登場することと共に、モンテヴェルディの「オルフェオ」(1606)との類似点があります。このことはこの作品が1600年から約200年間のオペラ前半の歴史の集大成であることを印象づけています。物語の単純性に比べれば、モーツァルトの音楽は彼自身の作曲家としての生涯の集大成であるばかりでなく、やがて来る19世紀のオペラ全盛時代を約束するための集大成でもありました。音楽形式も古典的な基本原則を踏襲して、形式も旋律の内容も極めて完成度が高く、基本的で且つ最高の歌唱技術を要するアリアが含まれていて、合唱の使い方も正しい反復性を踏襲しています。そして三人の少年合唱団の登場は今でも新鮮でそのボーイソプラノの美しい和声は将にウィーンの香りを今に伝える珠玉のハーモニーであります。夜の女王の二つのアリアはソプラノの限界を超える最高音のコロラトゥーラを要求しているので非凡なソプラノ歌手しか歌えないものですね。それと同時にザラストロ役の歌うバスの超低音との対比が素晴らしい。この超低音のアリアは乱れた社会に安定と秩序を与えるという予感がして、今日の世界の不安定さに対しても十分に通用すると思われます。美学的に云っても音楽の構成には左右対照の安定感があり、祝祭的オペラとしても完成された作品であります。当時のヨーロッパの天才達がこの「魔笛」こそモーツァルトの
最高傑作であり、オペラ作品の最高峰と認めたことは、その後の200年間もオペラの頂点を維持していることで証明されています。これからの200年もこの作品を超える作品は出現することは不可能に近いと予想されます。1600年にフィレンツェのカメラータ達がギリシャ悲劇を再興しようとして始めた実験は、191年目にイタリアではなくウィーンでその完成を見たと後世の歴史家が認定しました。モーツァルトが得意としたイタリア語のオペラを多数制作して成功させた後に、遂に彼の母国語であるドイツ語のオペラ(Singspiel)として結実しました。この結果が次の世紀ではイタリア語のヴェルディと、ドイツ語のワーグナーの出現によってオペラの全盛時代を迎えたのでした。「魔笛」についてはもう詳しい説明は必要ありません。モーツァルトこそが真の意味でのオペラの完成者であり、後世のオペラの発展の基礎を築いた天才であります。モーツァルトはオペラの世界でも不滅です!
(12 Jan 2001)

1983

Edita Gruberova als Koenigin der Nacht

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