援助活動12月14日
あぶ、ヤーセル氏:ペシャーワル。A氏:イスラマバード。
 コハートに絶望した私たちは昨夜遅く事務官に電話をし、ペシャーワルの難民キャンプで私たちのやりたいような援助活動をしたいので許可を出してほしいと伝え、指定通り朝9時に事務所にやってきた。
 ペシャーワルの難民のデータは、地域の布教活動をしているM.D.I.が以前より詳しく調べ上げていた。実は私たちの支援対象は、M.D.I.がお膳立てしていたのだ。しかし、私たちの主体性を重要視し、私たちの決定に常に従ってきたまじめなM.D.I.であった。
 昨夜M.D.I.と私たちの話しで、ペシャワル近郊の働き手のいないかわいそうな家族のみに限定して配給するという決定をくだし、私は、M.D.I.の陣頭指揮を取るマージド氏に、夜のうちに3800枚のクーポン券を配布するように命じた。しかし、時間が無いという理由で、1000枚を手分けして夜のうちに配り、残る2800枚は次の朝配ったと聞く。考えてみれば夜8時に決定したことを即実行しろという命令はあまりにも残酷である。1000枚とはいえ考えてみればたいへんな作業だったに違いない。
 後でわかったことだが、マージド氏は、この時点で、もし明日3800家族が配給所に殺到し、ダンプが到着しなかった場合のことも考えていたようだ。何らかのトラブルがあったときにM.D.I.が対応できる数は1000家族だったと言う。このマージド氏の判断は、大正解だった。
バックは、ハイバル峠である。アメリカの戦闘機やヘリコプターが、トラボラに向けて飛んでいっている。時折爆音が聞こえる。
ペシャーワルのM.D.I.の配給所は、忙しそうに難民支給用のパックを作っていた。中味は、米、古着、靴である。もしものことがあればと、多数のパックを準備しているのだ。
配給所の門番を自負する彼は,銃を持ってきて写真を撮ってくれとせがむので、撮ってあげた。ボランティアの周りの人の暖かい視線が感じられる。
食糧配給予定時間が来た。イスラマバードの工場からトラックは出たが、警察に止められたとのニュースが入ってきた。門の外には昨夜クーポンを手にした1000世帯の難民が押し寄せてきた。困った。どうしてこうなるのだ。
とにかく、難民を配給所に入れ、座らせて説明をするマージド氏。
朝から準備していたM.D.I.のパックの配給が始まった。もうしわけなさそうに歩くあぶ。
重そうに抱えて帰る男の子。うれしいお米と暖かな古着は最高のイードのプレゼントだ。
今か今かと番を待つ難民たち。
子供も数も多い。
女性は後回しかと、不安そうな顔。しかし、男性に支給した後、さらに良いスペシャルパックを女性たちには用意していたのだ。主婦への心遣いである。
 20人以上いるスタッフは、杖のような棒を持つ。列を乱す者がおれば容赦やくたたき、時には場外に追放することもある。暴動が起こらないように、見せしめとしてしかたなくやっているだけなのだ。そうでもしなければ秩序は保てない。
 日本人の智恵として、杭とロープを張って列に並ばそうと提案したが、スタッフたちから却下された。杭などすぐに倒されるというのだ。
配布の最中もアメリカ軍のヘリコプターが忙しくアフガンに向けて飛んで行く。祖国が爆撃されている難民の心境はいかがなものだろう。
長らくのお待たせでした。女性の番です。スペシャルパックの登場に笑みがこぼれるはず。
引換券にサインをもらって列に並ぶ。
ひときわ目立つ小奇麗な女の子。
 この日、A氏はイスラマバード業者の視察と、支払いのため、イスラマバードに滞在していた。そのときの写真である。
 イスラマバードで発注してた横断幕が完成していた。書いてる英語は「Gift From Muslims of Japan & Japanese people for Afghan brothers』
イスラマバード業者では通路にまで積み上げられている食糧。
香辛料の袋詰作業。
 A氏がイスラマバードからペシャワールへ戻る途中に寄った、高速道路脇のモスクでの金曜礼拝。ここでA氏一句『車停め 祈り捧げる 道路脇』


 あぶとヤーセル氏は、ペシャワルの配給所の前のマスジドでパシュトゥ語の長〜いフトバ(説教)を聞き、あぶは、第1列ハティーブ(説教する人)の目前で居眠りの失態。金曜礼拝の後、配給所に帰れば、その時のイマームがやって来た。流暢なアラビア語がしゃべれる人で、二人で話しをした。なぜウルドゥ語ではなくパシュトゥ語でフトバをするのか?とか・・・・この地域に住むアフガン難民の生活状況とか聞いてみた。
写真を後ほどアップします!  
 「人が押さないとエンジンがかからない状態の自動車だったが、ペシャワール
に戻るのに高速でとばした(途中、速度違反で罰金も払った)ため、撃沈。
 『激務に パジェロも 殉教す』」
 A氏がペシャワールへ戻る途中にイフタールをとるために入ったホテル。
人々がプールサイドでマグリブ(日没後)の礼拝を捧げた。A氏は自分も礼拝していた
ためにシャッターチャンスを逃し、わずかな人しか写っていないが、多くの人がここ
で礼拝をしていた。
 『日が暮れて プールサイドも 礼拝所』」
 A氏がペシャワールへ戻る途中にイフタールをとるために入ったホテルのエレベータ脇の柱に飾ってあった仏像。信仰の対象にはならず、骨董品の扱い。『仏の顔もショウケース』」

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