この にそえて ・・・ no.282

                     


   

  桜間の楠・・・ 暗中模索、五里霧中とでも言うか、何十年も前の事でよく覚えていない。

   鳴門市から徳島市を経て石井町に入ったのだが、その道中は紙切れのような使い古した大まかな地図のみが頼りで

   一体今どこに自分がいるのかも良く分からず、ちょっとした広場に入って、ひとまずあたりを見渡した。

   そこにこの大きな楠があったのか、どうかも良く覚えていない始末で、側に大きなトタン葺きの建物があったような記憶しかない。

   その先は曇り空の下に田畑が広がって、南側の遠方にこんもりと茂った極小さな社叢が見えた。

   今この景色を目にしたとき「ああ、あの時のあの景色かな」と咄嗟に感じ、当時の疲労感や空腹、心細さまでが鮮烈に蘇った。

   果たして本当にここがその場所だったかは今もって確証が無い。なぜなら巨樹を探しに行って、この楠をただ見過ごす筈はないだろう。

   全く不思議な事だ。当時は金もなく、パソコンもデシカメもなく、スマホもケータイもない。カラーフィルムは現像代も含めて極めて貴重で

   遠出しても携帯するのは僅か1本か2本。事前に調べておいた樹を丁寧に丁寧に1〜2枚ずつ撮るのがせいぜいだった。

   ここにこんな立派な楠が立っていたんだなあと思うと、なんとも言いようの無い感情が胸を満たし、暫し感慨にふけった。

   あの時の自分は、なぜあんなにも真剣に巨樹を捜し求めていたのだろうか。

  

   近年立てられたであろう真新しい祠があり、畑の方にはもう字が読めなくなりそうな古い石碑があった。

 


桜間の楠 ・・・幹周り 6〜7m/樹高15〜20m(共に目測)/徳島県、石井町、高川原、桜間