part.2         

 モノクロの美しさ 

   前回は太陽の顔やお化け屋敷の目など、目玉ばかりが目についたが、事のつい
 でに今回は目玉、それも人間のものでない、モノクロームにふさわしい写真とな
 った能面と猫をお目にかけたい。
   
 これらはいずれも真正面からこちらを見つめている。真正面からの対決は、ひるむ
ところがない。そして「自分の空間(世界)」を持ち静謐の中にある。
   
 私は、モノクロには神秘ともいえる美しさを感じることがある。
モノクロームの写真は、すべての色をニュートラルな白と黒の抽象の世界に変えて
しまう。これらの作品では白黒の豊かなグラデーションが深い空間を支えている。
   
 写真は時空(時間と空間)の一瞬を輪切りにして見せる。
そしてその造形を高め、時間と空間が感じられるまでに昇華すれば、それはそこに在
り続け、生き続けることになる
   
   
  [ひとこと]
   
   カラー写真時代に入ってから写真を始めた人が多いせいか、花はカラーでな
   ければ撮れないと思っている人もあるようだ。
   しかし、世界に目を拡げるとモノクロームの傑作も数多い。もちろんこの場
   合、色での造形でなく花の形に集中する。それらの作品は恐ろしく複雑、あ
   るいは単純で、ダイナミックなフォルムの生み出す素晴らしい花の造形が、
   白と黒だけの世界に抽象され、凝結された迫力がある。それはまた花の別世
   界を見せてくれるということである。

    
      

          猫       1954

           若女 (わかおんな)   1974

         


 上の作品をクリックすると、それぞれの「キーポイント」が見られます。     


「若女(わかおんな)」  
  「人間の喜怒哀楽の情念を、極限にまで見据えた果てに表現される能舞台」
    
 その象徴として面(おもて)と装束は、能の美の世界を代表するものである。
すぐれた面や装束は、能の音楽性、舞踏性、文学性、そして劇的なものに対応すべく
一つ一つが洗練された造型、色彩、意匠をもち、美と力の根源的な表象にまで高めら
れている。
    
 能面は長時間の演出における感情の変化に応じるため、喜怒哀楽のいづれの表情に
も転じうる中間的な表情を考案した。これは能面の大きな功績である。
 女面の誕生は、十四世紀、劇作家としての世阿弥が完成させた夢幻能の完成に密接
に結びついている。(夢幻能と呼ばれる形式は、夢の形を借りて過去の出来事を舞台
上に余情豊かな美的世界として現出する)
   
 若い女には、高貴でうら若い美しさを示す小面<こおもて>(十五から十八才くら
い、処女の美しさ清純な明るさがあり、憂い含むものもある)、若女<わかおんな>
(二十才前後。端正豊麗な若い女)、憎<ぞう>(二十五から三十才前後。女盛りの
妖艶さがあり、気品高く強い女役に使われる)、その他孫次郎<まごじろう>など。
(以上、一部能楽書より)
   
 この観世流家元所蔵の「若女」は、若い女の面の中でも殊に優れ、日本で最も美し
い面である。(桃山時代、河内の作と思われ重要文化財級といわれている)
   
「猫」  
   写真は見ると見られると両方の側に幸運があって初めて成立する。
   
 その時、私は買ったばかりのライカを手にして、ぶらぶらと鬼子母神(東京・雑司
が谷)の方へ歩いていた。
 かなり遠い大きなケヤキの根元にいた動物が、フクロウのように首だけを回してこ
ちらを振り向いた。それがこの猫であった。
 近付いても逃げず、厳しいこのままの顔で人を凝視しつづける。私も1メートル程
の距離でしゃがみ込み、じっとにらめっこのようになった。この猫の品が良く落ち着
いた態度、ライオンのタテガミ様の白い首回りが印象的であった。
 厳しい視線が幽かにやわらいだかに感じはじめた時、私はゆっくりとカメラを構え
て1枚だけ写すと、猫もゆっくりと樹の向こうに消えた。
   
 その後、何度かおとずれたが、遂に会えるチャンスはなかった。
   
     
   
 


  

の表情いろいろ

 能面はある意味で、シテ(主役)の演技の焦点になる。わずかに
面を上下、あるいは左右に動かすことによって感情を表現し、時に
は舞台と観客との間に風景を描いて見せることもある。
 人の心は表情に、特に目に現れる。優れた能面はわずかに伏し目
にすることで悲しみを見せ、顔を上げれば喜びを表すなど、表情は
豊かだが、肉眼のようには行かない。

 撮影時のライティングでは、夜叉にもおかめにも極端とも言える
程の変貌を見せるが、能面の本質をあらわすには、大変難しいこと
だがシンプルで且つデリケートといった採光が、最もふさわしいと
思われた。(これらは、いずれも同じ能面である。)

 写真をクリックすると、それぞれ大きい画像で見られます。

        

             

      おかめ?                            夜叉?