「若女(わかおんな)」
「人間の喜怒哀楽の情念を、極限にまで見据えた果てに表現される能舞台」
その象徴として面(おもて)と装束は、能の美の世界を代表するものである。
すぐれた面や装束は、能の音楽性、舞踏性、文学性、そして劇的なものに対応すべく
一つ一つが洗練された造型、色彩、意匠をもち、美と力の根源的な表象にまで高めら
れている。
能面は長時間の演出における感情の変化に応じるため、喜怒哀楽のいづれの表情に
も転じうる中間的な表情を考案した。これは能面の大きな功績である。
女面の誕生は、十四世紀、劇作家としての世阿弥が完成させた夢幻能の完成に密接
に結びついている。(夢幻能と呼ばれる形式は、夢の形を借りて過去の出来事を舞台
上に余情豊かな美的世界として現出する)
若い女には、高貴でうら若い美しさを示す小面<こおもて>(十五から十八才くら
い、処女の美しさ清純な明るさがあり、憂い含むものもある)、若女<わかおんな>
(二十才前後。端正豊麗な若い女)、憎<ぞう>(二十五から三十才前後。女盛りの
妖艶さがあり、気品高く強い女役に使われる)、その他孫次郎<まごじろう>など。
(以上、一部能楽書より)
この観世流家元所蔵の「若女」は、若い女の面の中でも殊に優れ、日本で最も美し
い面である。(桃山時代、河内の作と思われ重要文化財級といわれている)
「猫」
写真は見ると見られると両方の側に幸運があって初めて成立する。
その時、私は買ったばかりのライカを手にして、ぶらぶらと鬼子母神(東京・雑司
が谷)の方へ歩いていた。
かなり遠い大きなケヤキの根元にいた動物が、フクロウのように首だけを回してこ
ちらを振り向いた。それがこの猫であった。
近付いても逃げず、厳しいこのままの顔で人を凝視しつづける。私も1メートル程
の距離でしゃがみ込み、じっとにらめっこのようになった。この猫の品が良く落ち着
いた態度、ライオンのタテガミ様の白い首回りが印象的であった。
厳しい視線が幽かにやわらいだかに感じはじめた時、私はゆっくりとカメラを構え
て1枚だけ写すと、猫もゆっくりと樹の向こうに消えた。
その後、何度かおとずれたが、遂に会えるチャンスはなかった。