「 写真表現のキーポイント 」    美術用語のいろいろ   
       

    <インダスの虎?>
      
 インダス文明展にて購入。
これは模造品だが、なかなか存在
感がある。2600〜1600BC頃の猫
科動物とのことだが、虎か猫か不
明の不思議な動物。
   
 僕にはよくわからないが、何か
のショックをうけたものは、つい
買ってしまう癖がある。でもそん
なものを、その辺に転がしておい
て眺めるのは楽しい。
 ガラクタがあふれるわけだ。


                 

美術の解説用語から

    
 何事も空理空論では役立たない。でも用語が全く通じないと話のやり取りもできない。
 こうした用語は、その歴史から説明を始めると果てしない。ここでは簡略にポイントだけ
を紹介するので、詳しくは講座を何回か読み返してもらいたい。
 そのうちに何となく感覚的にわかるようになるものである。頭から拒否していると、心理
学でいう「不安神経症」の状況になり、垂直思考しかできなくなることがある。
 ゆっくり読めばそれほどむつかしいことでもない。
         
         

抽象とは

      
  「抽象」という言葉の意味は、辞書で見る一般的な解説から個々の分野まで、広く
   深く、わかりにくい。解釈も時代とともに変遷する。            
    
 その昔、瑛九のところで、若い絵描きの卵たちと、理屈を並べ合い、ついに絵画の抽象論
から離れてしまい、「数学では幅をもたない線とか面積をもたない点を考える。さらに零や
無限、負数の平方根、虚数、多次元の空間などを、経験を越えた抽象のレベルで、論理的に
考えることができる。ここにも最も大胆、純粋、また冷厳な抽象作用がひそんでいる」。 
と言った者がいたが、平面芸術とどうかかわるものになったかは、記憶がない。     
                    
 絵画の世界では、カンジンスキ−がある日部屋の片隅で、不思議に魅力あるものを見かけ
たが、良く見るとそれは自分の絵が横向きに置かれていただけのことであった。     
 彼は、その時発見した。絵画は現実にあるものだけをを模写する必要はない。全く自由に
描けばよいといい、これが抽象画の始まりと伝えられ、彼は抽象画の先駆者になった。
      
 いわゆるアブストラクト(抽象美術)は、1910年ごろから興った芸術思想で、「外界
の形象を借りて表現するよりも、外界から抽出した線や面を造形要素とし、あるいは色彩自
体の表現力を追求してこれを造形的な作品に構成するもの」だという。
     
   写真での抽象表現は、1919年、ドイツのバウハウスから始まった経過を、   
   講座の「私の風景写真」に書いてあるので、参照されたい。
       
         

空間・時間

     
 2次元の平面芸術に、3次元の空間(立体)、4次元の時間(未来)を思わせる表現をし
ようというのだから、これは難しい。そんなことを考え始めたという芸術の絵画運動の一般
的な説明を紹介しておこう。
     
 立体派 → 絵画が1900年代の初期、立体派の絵画運動で、その純粋な形では、視点
       の移動によってとらえられる対象のいくつもの相を、遠近法的距離感を無視
       した平面上に幾何学的に再構成しようとした。
     
 未来派 → つづいて未来派画家宣言とともに、イタリアに興り、立体派に学んだ同時性
       の原理で、現象の時間的な流れの印象を画面に定着し、現代生活のダイナミ
       ックな感覚を表現しようとした。
        
  絵画はこうした運動を経て、空間、時間を画面に盛り込もうとしたが、当然、写
  真も同じ平面芸術として、実在感を高めるために時・空を重視するようになった。
              
            

 オブジェ 

       
 一般的に、対象、客体、目的を意味するが、キュ−ビズム以来の用法ではまったく異なっ
た。過去、未来および現在のすべてを否定するダダ運動以降は、その反芸術的意図の集約が
オブジェであり、彼らはその思想のすべてをオブジェ化することにおいて、スキャンダル的
衝撃を芸術愛好者一般に与えて、芸術を破壊した。オブジェの究極の形は、このスキャンダ
ル性にある。
     
  こうした解説は、若い頃はへりくつの固まりのように感じたが、今は体で何となく  
  感じるように理解できる。それほどたいしたことを書いてあるわけではない。
      
   

作品の見方

    
   僕は、絵や写真を見る時、題名も経歴も一切関係なく、五感で観る。       
   眼では見るが、だだ見るではなくて、見方は「全身全霊で観る」である。
    
 展覧会場などで、心に響き、後ろ髪を引かれるような時は、何度でも引き返して観る。 
 心引かれるがわからぬものは、わかるまで研究する。
 食わず嫌いはよくない。僕は子供の頃、ピ−マンが大嫌いであったが、青年になる頃には
好きになっていた。造形の鑑賞にもそんなことがある。
    
 鑑賞に理屈はない。                               
 良いものは、底が深くて割り切れない。いつも新鮮に語りかけてくる。
     
『造形文化(美術、建築等)を知るためには、人間生活の根底(生態人類学)(生きる  
 ための本能的な行動と集団、国家)を、下敷きとして知っておく必要がある。』とい  
 うのは公式論だが、常識として知っておくほうがいい。「文化と文明」も同様である。
       
 これらは美術評論家のものより、司馬遼太郎などの解説の方が分かりやすいだろう。   

    
   

それぞれの立場から

      
  物づくりで、実在感のある人は、おもしろい表現をする。(以下、一例として)
  時にその言葉、1枚の写真は、人格や辿った人生までが、物の本質、裏側までが、  
  そこに凝縮し、息づき、突き詰めた表現を感覚的に捉える。
     
 土門拳はいう。
     
「写真家は被写体と同化せよ。自分の魂を抜け出して相手に取りつけ。霊と霊。魂と霊が交
歓し合うまで」。
「1スジの皴、1本の白髪といえども、その人の生活と辛苦に満ちた闘いを意味しないもの
はない。だから僕にはそれがこの上もなく大切−−そして美しいものに思いなされる。」と
いい、ギリギリにシャ−プでリアルな表現で著名なクリエイタ−の肖像写真を撮った。これ
らに男性は納得したが、中年を越えた女流作家や女流画家たちは殆ど難色を示した。   
 土門は、家族を撮らなかった。フィルムがもったいないとして。
     
 高村光太郎は、土門拳が撮った自分の肖像写真について語った。
     
「土門は、自負と奔放な創造力をもち、心と肌で感じることができる、数少ない写真家だ。
根性のきれいさ、裸身をさらして生きている」。「真っ白。強気、弱気。非常識、不常識。
ル−ズ、几帳面。むら気、一本気」。
「土門は不気味だ。土門のレンズは人や物の底まで暴く。レンズの非情性と彼の激情性が実
によく同盟して被写体を襲撃する」。
 言い得て妙、やはり詩人らしい言葉である。

    
   

少し落ち着いて行こう

      
 このところ、講座のメンバ−は少し足元が危いが、慌てることはない。
 ぼくは、まず写真の専門家になろうとしている学生たちのことを考えてみた。
     
 彼らは4年の大学(写真専門学校では専科まで行くと4年)を卒業して、そのままでプロ
になれるのは皆無で、急がば回れで一番早く一人前に成れるコ−スはトップ・クラスの写真
家につき、3〜4年間、第一線級の技術を見ることだが、すぐには身につかない。    
 更に見聞を広め根性をつけるためにも外国での生活も体験し、最低10年かかって何とか
一人前のプロとしてのスタ−ト台に立てれば幸運というところである。
     
 僕自身のことを振り返ってみても、中学2年生からはじめ3年の時には、現像、引き伸ば
しが出来るようになったが、丹平写真倶楽部へ入会したのが12年目、上京して写真家にな
ったのが15年目であった。絵の仲間たちを考えても、早い者でもやはり10年以上かかつ
てやっと画家らしきものになっている。どの世界でも10年以上かかるのが普通らしい。 
      
 そうすると、このHPの管理人ゆきなどは、写真を始めてやっと1年、保育園並である。
 ぼくの主義、「誰でもルネッサンス」主義からいえば、写真家にプロもアマチュアもない
から、ゆきの友人知人もみんな一緒に写真の達人になってもらいたい。いっそまとめて面倒
を見ようかと思うようになったが、その多くが写真にとりつかれてから、まだ保育園、幼稚
園せいぜい中学くらいの経験年数であることをうっかりしていた。          
      
 ぼくは、みんながあまり熱心で、毎週、毎週その辺の学生より写真をたくさん撮るので、
もつと経験がある者たちと錯覚したようだ。しかし、HPへの掲載が多い割に、あいかわら
ずのミスも多過ぎた。つい、何をもたもたもしているのだろうと一言いいたくなることもあ
った。やはり、無駄も勉強。鍛えられた五感が身につくには、やはり年期も必要であろう。
 書き終るころになって、僕もすこし気が楽になった