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カテゴリ:志士関係
岡田以蔵について
2005/3/19(土) 2:07
・以蔵の写真・絵はありません。

・生没年は、1838〜1865(天保9年〜慶応元年)です。

・墓は、高知市薊野というところにあります。澤田マンションというかなり古いマンションから左に歩いていくと土佐勤皇党員岡田以蔵の墓、という看板があります。ただそこから山に登っていくんですがはっきり行ってかなり分かりづらい。誰かが手作りで作った看板があるんですがかなり注意して見ないと見失ってしまいます。ちなみに墓標にある名は以蔵ではなく宣振になっています。県交バス高知営業所方面行き、比島橋下車徒歩20分。あざみの保育園て所の向かいの山だけど。詳しくは「龍馬 ゆかりの人と土地」高知県立坂本龍馬記念館/この本を参照してみよう。

・1838〜1865。身分の低い侍(下士)のため道場通いはできなかったが、木を削って木刀を作り、見に血の素振りを欠かさなかった事で3年目で初伝の域に達したという。やがて、武市半平太にその腕を認められ、彼の道場に入門。続いて一緒に江戸へ行き、桃井道場の鏡新明智流を学ぶが、生来の粗暴さのためか認めてもらえなかったらしい。

・岡田が入牢した獄卒同士の会話として、「歯の反ったやっちゃ」という言葉が、武市瑞山の日記に記録されています。



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