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カテゴリ:坂本龍馬関係
坂本竜馬って?
2005/3/21(月) 0:40
・大政奉還を考えた人、亀山社中を作った人薩長同盟の仲立ちをした人

・土佐藩出身の郷士。薩長同盟を結ばせた。

・竜馬の情熱は幕末に実際に生きた竜馬だけのものであり、その中で成立するものです。竜馬の思想は横井小楠の流れで公議政体派ですが別に民主主義とは関係ないです。ただ後に中江兆民とか板垣ら民権派が、土佐勢力の源流として竜馬の名を語るので混同されてるみたいですが。だから坂本直柔が新政府にいたらおそらく征韓派だったような気がする。私が言いたいのは、明治の日本にはそれほど選択肢はなく、大久保ら維新の生き残りは必死に日本の独立を維持し先進国となる基礎をつくってくれたということです。彼らは彼らで役割を果たしました。そのなかで坂本直柔は政府の役人でなく「世界の海援隊」として財閥化し、市場を求めて帝国主義の一翼。あくまでも19世紀はそれが世界的な時勢でしたから・・・。まあだから幕末の竜馬に希望を持つわけで、こんなことを言うのヤボだとは百も承知ですが。

竜の字は権力を自身で掴むために働いたのでは無く当時の国民が個人としての自由を保証され束縛されずに生きていける世の中にしたかったのです。現代人からそれを想像するのは無理かもしれませんが当時は生まれた家により一生が決まってしまうのが当然であり生涯の選択権というものがなく、身分から結婚相手など一生に関わることは大抵が事前に決まっており(士農工商)そんな世の中を竜の字はかえたかったのあり、そこまで考えた当時の指導者は他にいませんでしね。

・勤王の士ってのが人間の最大の評価になった時代の話です。維新の第一義を王政復古とするならば、維新回転の功績者であるほど「勤王の士」といえます。船中八策の第一に政権の朝廷復帰を唱ってる竜馬なら十分だったわけです。これが戦後の史観だと、竜馬の民主的な部分を強調する事になります。ちなみに左翼史観でも、西郷らの革命?に立ちはだかる形となった竜馬を「反動」と評した人もいたりしました。まあようするに、価値基準をかえればいろんなふうに見えてしまうということで、歴史上の人物、今の我々にとっての竜馬も、今の我々が生きる時代と切り離された客観として考えることはできないということを言いたかったわけです



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