ヤーセルさんのアフガン支援活動報告
この報告書は、2001年12月29日メールにて送られてきたものです。

まず、報告が遅れたことをおわびいたします。体調が悪かったのと忙しかったため、報告書を書くのが遅くなってしまいました。もうしわけありませんでした。

 少ない時間と悪条件にもかかわらず、今回のアフガン難民援助活動が結果的にはうまくいったことをご報告いたします、アルハムドゥリッラー。問題が発生したとき、われわれのチームは二手に分かれ、ペシャワールに残ったメンバーがそのままあらためて援助物資を購入し、なんとかしてイード゙の前に配るよう働きました。トラブルが発生したほうの工場の物資は私のほうで押さえ、トラックに積み込みペシャワールに運びました。なんとかしてイード゙の前に多くの方々に食糧品を配りたいという気持ちが強かったため、今回は本当に時間とのたたかいでした。シャムスルハック氏にはそれなりの償いをしてもらいました。

 今回、私にとってそれまで経験したことのなかった難民支援活動を行い、いろいろなことを学びました。われわれが援助物資を持って行ったことが良い行いなのか悪い行いなのか、現地の状況をみると判断できなくなってしまいました。ちょっとした食べ物のために人間が、ムスリムというより人間が、あのような扱いをされるのを見て、人間として我慢がなりません。大変悲しいです。動物のように列に座らされ彼らが受け取るのは、日本円にすると2,000〜3,000円にしかならないものです。たったそれだけのために人間があんなに侮辱されていいのでしょうか。もっとも彼ら自身は列に座らされたり、列を乱して棒で打たれたりといったことを侮辱とは受け取っていないかもしれません。しかし「文明社会」に生きる者として、そのような光景を見るのはいたたまれない思いがしました。別のやり方もあるのではないでしょうか。

 私が見て感じた、というより分かったことは、世界中からアフガン難民があれほど援助されているにもかかわらず、彼らに援助が行き届いていないのは確実だということです。世界中から贈られた援助がまず、パキスタン政府、あるいはアフガン難民コミッショナーなどの倉庫にわたり、そのまま闇市場で売られているのではないかと思います。(アメリカが投下した援助物資を北部同盟支配地域の市場で売られているのをテレビで見ました。) 証拠を出せといわれてもできませんが、現地でよく見れば分かるでしょう。多額の援助金がどこに消えているのかまったく分かりません。援助物資が難民の手にわたっていないことは、彼らの暮らしぶりや生きのびるためにあわてている様子から容易に想像がつきます。多額の援助金が彼らのところにわたっていないことの現れとしかいえません。われわれの援助金もあやうくピンはねされるところだったわけですが、詐欺を働いた人間の名前が何であろうと、そういった人間が一人だけ存在しているのではなく、同じ悪事を働こうとする人間が大勢いることは間違いないでしょう。アフガン難民コミッショナーの事務所の担当者に物資を保管する倉庫を見せられたときに「ここに物資を運んで置いておけば、われわれが後で配る」と言われたことも事実です。もし、われわれが彼らの言うとおりにしていたら、その物資も闇市場で売られたかもしれません。

今後もしこのような大切なことをやるならば、事前に現地で十分な時間をかけて人々と接し、侮辱しつつ援助するより、もっと他の良いやりかたで援助すべきだと思います。あくまでも私個人の感想なのですが、今のアフガン難民もパキスタンにいる裕福な人々も、こころが荒廃している点では同じように感じました。このようなことを書くのは非常に残念なのですが、二度と善意を持って良い行いをしようとして、悲しい思いをしたくないと思ってしまいました。善行を行おうとしているのにこれほどの妨害を受けるなんて(しかもムスリムによる妨害です!)、預言者(彼の上に平安あれ)がご覧になったらどんなに悲しまれるでしょう。勝手な奴だと思われても、仕方がないと思っています。今日、12月29日の毎日新聞「余禄」で以下の記事を読みました。ペシャワール会の中村哲先生の偉大さをあらためて感じました。彼の言っていることに同感です。
http://www.mainichi.co.jp/eye/yoroku/200112/29.html

 今回のアフガニスタン難民援助活動で、我々に無償で協力をしてくださった組織、M.D.Iに本当に心から感謝しています。彼らは本当に素朴で、お金に関心のない方々だったことを証言します。彼らがアッラーの助けにより、援助物資を本当に必要としている人々に配ってくださったことを心から感謝しています。彼らが物資を配ったのは「働き手のない家庭、老人しかない家庭、障害者、病人」などでした。彼らは現在もアッラーから報酬を得るため頑張っています。そして、我々にとっても今後援助を行う場合に信頼できるパイプラインができましたので、一々パキスタンに出向かなくても福祉活動を出来るのではないかと思っています。なぜ、こんな事を言っているかというと、今後もこの組織の協力を得て難民援助活動を続ければいいのでは、という指摘があったからです。僕もそれが良いと思っています。