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ホテル プルダナ(Hotel Perdana)という町の中心より少し南にある歴史を感じるホテルに宿泊した。写真は朝食バイキングのお皿の上。 |
ホテルの近くの街道の分岐点にあるKBモール。この町も郊外型大型ショッピングセンターが流行る時代となってしまった。なにか寂しく感じる。 |
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KBモール内のフードコート。 |
KBモールから見た街道の分岐点となる交差点。 |
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Nilan Puriに向かう途中、街道から少し入ったところ、田んぼのど真ん中にPondok(昔のスタイルのイスラム神学校)があった。車を止めて見学することにした。名前は『Pondok
Tunjong』(マレー語で『蓮華寄宿神学校』とでも訳しましょうか) |
Pondok の中心部分にマスジドがある。通常このマスジドと隣接して、Pondokのシェイフ家族が住んでいる。 |
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そして壁に囲まれた同じ敷地内に女子寮がある。この女子寮内では共同生活を行っている。 |
女子寮の裏側からモスクを臨む。車は私の乗ってきたタクシーでこのPondokとは無関係。 |
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もともとPondokとは、シェイフ(イスラムの教授)の周りに生徒が集まり24時間共同生活を送りながら、Pondok所有の(寄付されたものが多い)田畑で農作業も行いながらイスラムの勉強を続けていくマレーシアの伝統的なイスラム神学校である。近年はこのような伝統的な神学校は姿を消し、新システムの神学校と衣替えをしている。
このPondok Tunjong校も、寄宿舎、マスジドの配置は伝統色を残しているが、学習カリキュラムなどは新システムを採用していると思われる。
私が1970年代に学んだ神学校Pondok Batu38, Sabak Bernamも同様の配置であったが、州立校となり校名もSMAT(Sekolah
Menengah Arab Tinggi)と変わり、シェイフは校長となり、新システム移行を誇らしげに、校名を『スマート』などと呼ぶんでいた。ちょうど、その移行期に私は学んだのであった。 |
道を挟んで、すこしオープンになっているキャンパスがある。ここには教室(右手の2階建て)と男子が生活する小屋群(正面)がある。マレー語ではこの小屋のことをPondokとも言う。 |
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Nilam Puriにあるマレーシア最古の木造モスクMasjid Kampung Laut。1730年頃の建立。
Masjid Kampung Lautの写真集はこちら>> |
Masjid Kampung Lautの東隣にあるKolej Islam Antarabangsa Sultan Ismail Petra (KIAS) |
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Masjid Kampung Lautと道を挟んで西向かいにあるマラヤ大学のアラビア語アカデミー。 |
Masjid Al-Sultan Ismail Petra。コタバルの南東約10キロのクバン=クリアン(Kubang
Krian)にあるクランタン州最大のモスク。 |
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マスジドのゲート。 |
街道から臨むクバンクリアンのモスク。 |
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マアハド=ダールンノール神学校のモスク。PASの指導者でありクランタン州の大臣であるNik Abdul Aziz bin Nik Mat師の自宅はこのモスクに隣接している。 |
マアハドの教室。Pondokとしては近代的な大規模校である。 |
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マアハド ダールンノールの寄宿舎。 |
コタバル中心街のショッピングセンターにあるムサッラー(マレー語でSurau)。礼拝時間になると次々と買い物客が足を止めて礼拝を行う。 |
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泊まってたホテルプルダナの敷地内にあるムサッラー。宿泊客がやってきて、複数になればイマームを決めて礼拝を行う。2,3日も泊まれば礼拝友達ができてします。 |
12月31日クアラルンプルに戻ってきた。2007年の新年カウントダウンが行われKLCC
公園では花火が打ち上げられた。花火より、ツインタワーの方が高い。 |
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