タイトル | : Re: 祈り |
投稿日 | : 2009/02/17(Tue) 02:19 |
投稿者 | : 珠江 |
「信仰したのに、その信仰心が破滅を免れるのに役立った町が、ユーヌス(ヨナ)の民の他には無かったのはなぜなのか?」
人は、悔悟し心からの反省を繰り返し成長していくものではないでしょうか。今、世界中で起こっているイスラム教徒に対する偏見や差別や無理解は、する側を責め立てていくのではなく、「自分たちに何か非があったのではないか?」
と、省みて心から反省していくべきではないでしょうか。
「悪いことを悪い」とはっきりと言わないこと。これが、どれ程イスラム教のことを知らない人々を誤解させたことか。
“憎悪、嫉妬、偏見、、、、の剣 “を相手に向けると、相手は見えない悪感情の剣に深く傷つき攻撃されます。その悪循環は、止まる所を知りません。
心からの悔悟をするまでは。
神がどれ程、慈悲深く憐れみ深く寛容であるか、特定の宗教や人種だけを愛する偏屈な神ではないことを悟る時、憎悪や軽蔑の悪循環は終わります。
「悟る」とは、さをとること。
神との差を取る事。
人は、常に努力し邁進していかなければならないですね。それは、功徳となり、必ず自分に返ってきます。