[リストへもどる]
一括表示
タイトル教えて下さい
記事No421
投稿日: 2008/02/19(Tue) 15:47
投稿者モルダー
去年の夏にタイに旅行したときのことですがイスラムの方が大勢おられました。その旅行のなかでエコツアーのゾウ乗りに出かけたときのことなのですが、ゾウのおやつとしてフルーツのバスケットを50バーツで売っていました。私たちはそれを購入して、それを子供が像に楽しそうに与えていました。ところが後ろからイスラムの家族の父親と思われる方が無断で私たちのフルーツバスケットに手を伸ばしそれをイスラムの自分の子供に与えているではありませんか。私はびっくりしてその人を見ると悪びれることも無く今度は隣にいた韓国人の家族のバスケットに無断で手を伸ばしているではありませんか。
これはどう見ても窃盗でしかないとおもうのですが、これがイスラムの常識でしょうか。イスラムの方はその50バーツが無いとは思えません。親は子供の鏡になるというのはどの世の中でも変らないと思うのですか、これがイスラムの常識ですか?
お答え下さい。

タイトルRe: 教えて下さい
記事No422
投稿日: 2008/02/19(Tue) 17:29
投稿者yasmin
まったく違います。その逆です。
盗みを教える宗教などありえるでしょうか?

逆にモルダーさんに2つ質問です。
その家族が十字架のペンダントなどをもっててキリスト教らしくみえたとしたら、同じように窃盗がキリストの常識かという疑問はでましたか?仏教徒らしい格好をしていたら?
また、タンクトップやミニスカートで肌を相当露出するファッションをした日本人女性をみて「彼女らは男性を誘っているからあんなに露出している。だから触ったりじろじろ見ても気にしないだろう」という勘違いをした外人がいたとしたら、モルダーさんは日本人女性としてどう思いますか?

海外旅行をしたときに、宗教と関係のない部分で、地域性や文化的な常識の違いなどに遭遇する場面はたくさんあることでしょう。
モルダーさんの例は残念な体験だったと思います。
私も海外でモルダーさんと似たようなことをされてびっくりした経験がありますが、その国では周囲に分けてあげるのが普通で、あげないのがケチだと見られたりするという感覚があったらしいからでした。日本ではそうじゃないと説明すると、謝ってくれました。
あとはその行為の限度は本人の良識の問題ではないでしょうか

タイトルRe^2: 教えて下さい
記事No425
投稿日: 2008/02/21(Thu) 10:44
投稿者モルダー
yasminさん、そうそうのお返事ありがとうございます。
「施し」の精神ですね。しかしこれは価値観の違いは在るにせよ、この延長線上に窃盗や略奪があるように思います。富める者が貧しい者に「施し」を与えるのと、与えられる側が自ら手を伸ばして自分のものにするというのは教義をはきちがえてはいないでしょうか?
こういうことが偏見につながったり、喧嘩や戦争が生まれるのではないでしょうか・・・

タイトルRe^3: 教えて下さい
記事No426
投稿日: 2008/02/21(Thu) 14:59
投稿者yasmin
「施し」という観念自体も、日本とイスラム国では結構ちがいますよ。どうしても日本では「与える側」が優位に立ち「与えられる側」は与えた方に感謝するべきという暗黙の了解みたいなものを感じますが、イスラム国ではそれは感じませんでした。
財産や所有物などは全てアッラー(神)のものであり、私たち人間はそれを預かっているだけという価値観です。アッラーから多く預かっている人が少ない人に分けている、分けられた側は感謝はまずアッラーに、与えた側も私があげたのよと誇るのでなくアッラーのために分配しただけという気持ちでしている方が多かったです。

繰り返しますが、もちろん窃盗や略奪は一切認められていません。イスラムの教えにもそれははっきりと書かれています。

前回で述べたように「ムスリムだから」手を伸ばして他人のものをとったのでなく、その行為は「人間としての本人」の問題だと思いませんか?
例えば、セクハラをした大学教授がいたとして、それは「大学教授だから」したのでなく「その人が」したわけです。大学教授はセクハラをしていいという暗黙の了解が大学側にあるわけではないですよね。でもそれを境に「大学教授はこれだから…」というレッテルができてしまったら良識的で研究熱心な教授はどう思うか想像してください。


日本人の価値観でみるとかなりルーズな行為も外国ではそこまで問題視されないことだったりもあり、その逆もあります。

異文化にはその地域の価値観・常識があり、だいたいはそれを理解する前に自分の価値観でジャッジするから偏見や衝突、喧嘩やあえていうなら戦争が起こるのではないでしょうか?宗教や国だけでなく個々人の人間関係にも言えると思いますが。

ただモルダーさんが不快に感じたのは事実なので、そのときに相手に自分の意志を身振りでもいいから伝えて理解してもらうのが大事かと思います。それでも止めないならそれは完全に相手自身の「人間としての良識」の問題でしょう。

少々きつい言い方だったかもしれませんが、モルダーさんがこの残念な体験から、イスラムに対して偏見をもつことがないよう祈ります

タイトルRe^4: 教えて下さい
記事No427
投稿日: 2008/02/21(Thu) 15:24
投稿者モルダー
きついだなんてとんでもない、貴重なご意見ありがとうございます。
でもその問題を起こした人は家族でツアーに参加されていて、自分の子供に与えるために我々のフルーツバスケットから無断で持っていったのです。もちろん奥さんと子供さんの目の前ではっきりと悪びれることなくごく当たり前のようにして、他人(外国人)のぞうのおやつを盗んだのです。私たちからと、韓国人の家族からとその行為は数回行われました。それはどう考えてもその人自身の問題とは思えませんが。
その行為を自分の子供に見せているかのごとくの様子でした。

タイトルRe^5: 教えて下さい
記事No431
投稿日: 2008/02/21(Thu) 22:46
投稿者yasmin
>>それはどう考えてもその人自身の問題とは思えませんが。
 その行為を自分の子供に見せているかのごとくの様子でした。

それでモルダーさんは窃盗がイスラムの教えなのかと思われたのですね。繰り返しますが全く違います。その点は理解していただけましたか?

また質問しますが、その家族が日本人だったらどうですか?神道や仏教の教えかと思います?欧米の家族だったら、クリスチャンの教えを子どもに見せているかのごとく窃盗したのかと思いますか?
それはどう考えてもおかしくありませんか?
全くその本人と家族のモラル・良心の問題じゃありませんか?

タイトルRe^5: 教えて下さい
記事No432
投稿日: 2008/02/22(Fri) 06:27
投稿者Salam   <spiderwort77@hotmail.com>
人、文化、国、宗教それぞれ分けて考えると理解しやすいかと思います。
人のものを相手の了解なしに取るのはイスラムでは罪になります。
例え、ペン1本でも、お水コップいっぱいでもそれが人の所有するものであれば必ず断りを入れて相手が許可すればもらってもOKです。これがイスラムのルールで、一般的なルールにも当てはまりますね。

そのあなたが見た家族が平気に人のものをとっていた、ひょっとするとそれが当たり前な国柄であり、文化なのかもしれません。
日本人や韓国人の一般の常識ではありえないことでも、その人の文化では当然のことなのかもしれませんよ。
日本人が平気でそばやお茶をズズズーっと音を立てて食べたり飲んだりするのは日本では普通ですが、海外へ行くとタブーですよね。同じことではないですか?

地球にはいろんな人種があり、国がある分、いろんな文化があります。自分の文化だけが全世界の文化なわけがないのですから、広い視野で捉えられてはいかがでしょうか。

悪い日本人がいるように、悪いイスラム教徒もいます。
良い日本人もいれば、良いイスラム教徒もいます。
悪い日本人を1人見て、日本人みんな悪い人、にはなりませんよね。
Salam

タイトルRe: 教えて下さい
記事No428
投稿日: 2008/02/21(Thu) 18:46
投稿者sarah
イスラムでは、人の権利を害することは、非常に悪いことです。

ですから、その父親が何を考えてそのような行為をしたのか、わかりませんが、イスラムの教えには全く反するものです。

イスラムを大きく間違えて解釈しているか、全くイスラムとは関係のないところから出た行為だと思います。

イスラムではどんな小さなものでも、自分のものでないものを勝手に取ったりすることを認めていません。

どんなものでも、小さなものでも盗みは重大な罪です。

タイトルRe^2: 教えて下さい
記事No433
投稿日: 2008/02/22(Fri) 11:45
投稿者モルダー
sarahさん
ありがとうございました。これで理解できました。
くどいようですけどそのイスラムの家族のお父さんは自分の行為を子供にわざと見せて、教えているかのようでした。
それとyasminさんのおっしゃるような神道、仏教、キリスト教などという宗教で私は偏見を持っているつもりはありません。
私は家で外国人の留学生のためのホストファミリーをしています。もちろんイスラム圏の留学生とも一緒に食事をしたり交流を持ったことはありますのでイスラム教に偏見を持っていることは無いです。
ただ私が交流をもったイスラム圏学生さんたちに共通して言えるのは、非常に信念が強いので「方向が間違うと怖いかな・・・」と感じました。
私は宗派を超えて回りの人間に優しく思いやりと節度をもって接する必要があると思いっています。
どうもありがとうございました。