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タイトルみなさんに聞いてもらいたいこと
記事No1072
投稿日: 2008/11/24(Mon) 19:26
投稿者あぶ管理人   <akira_hamanaka@yahoo.co.jp>
参照先http://www.dokidoki.ne.jp/home2/islam/
本日の日記からの転載です。
http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/abudiary/joyful.cgi

本日アフリカ出身某ムスリマ女性から電話がかかってきた。
切実に日本語教材作成を願うものであった。
そうだ、もうそういう段階に入ってきたのだと感じさせられた。
内容は、
ネットで探しても日本語のムスリム向け教材は少ししかない。
マスジドのイマームの指導は外国語ができなければわからない。
でも、2世ムスリムたちは日本語しかわからないのである。何とか日本語の教材を、というものであった。

日本語での教材を急がなければ、彼らムスリム子女がうまく教育できない。
マスジドはまだ日本語で説教をできるだけの日本人イマームの数もいないし、現状の参加者を見れば外国語になってしまう。

製品としての教材を待たなくても手作りのもので即対応しなくてはならない。
またマスジドの日本語化を徐々に進めていかなければならない。
この母に感謝。進むべき方向を示してくれた。そうしなくてはならない。次世代のムスリムの教育を優先課題として考えなければならない。
-------------
このホームページの原点に帰って、上記のことを進めていこうと思う。
原点とは、:
1999年に私の書いた文章
『・・・・・私のホームページ作成の目的の第1とは、こういう純粋なムスリム青年にイスラムの情報を与えることではないかと思うのです。その当時の私が、このホームページに出会ってたら、どんなに感謝しただろうと言えるようなホームページを作りたいですね。礼拝はどうするの?断食はどうするの?この場合ムスリムとしてどういう判断をするの?そういったものに、答えられるようなホームページにしたいものです。イスラム相談室を3年前に作った時から、私の対象とした相手は27年前の私自身だったのです。』

タイトル手作りCD第1号
記事No1082
投稿日: 2008/11/25(Tue) 15:49
投稿者あぶ管理人   <akira_hamanaka@yahoo.co.jp>
『アラビア語学習CDROM』とそのテキスト『ムカッダム』がコーランを読めるようになる教材としては、最適ですが、CDROMなだけにPCがなくては使えません。

音楽CDのように、カーステレオ、ウォークマンなどでも使えるものが必要ですね。まず第1号として手作りで作ります。
実費だけで配布できますが、一応500円くらいにして、イスラムグッズショップで販売することにします。

イスラムグッズ商会のショッピングカートは、無料ソフトだけに販売管理機能がうまくできず、受注ミスがたまにでていました。それで、新しいソフトを使ってイスラムグッズショップを開く予定です。こういいましたが、昨日から作成に取り掛かってます。
イスラムグッズ商会ショッピングカート
http://www2.dokidoki.ne.jp/islam/eshop/cgi-bin/shop/main.cgi
イスラムグッズショップ作成中サイト
http://islamjp.com/shop.cgi

タイトルRe: みなさんに聞いてもらいたいこと
記事No1087
投稿日: 2008/11/25(Tue) 19:09
投稿者途中参加ムスリム
ここに、私が先月10月7日に送った投稿を引用させていただきたいと思います。
「それからこういう問題が起きる原因のひとつに、ここは日本なのに日本人が主体になってイスラムが運営されていない事にもあるのではないでしょうか?他の国だったら例えイスラムが少数派の国であっても必ず現地人によるウンマがありますから、外国人はその国にいったらその国のウンマに従えばいい。しかし日本はそういうのがありませんから、外国人が自分の国のやり方を持ち込んで自由にやるしかない。むしろトルコ以外の国がひとつの方法にまとまっている事のほうが奇跡的で、大変恵まれているのだと言えそうです。私がするドアーは早く日本人の社会にウンマができて逆に外国から来ているムスリムをもてなせるようになる事です。
それとジュマの言葉も日本語で行うべきです。それも5回のうち一回とかじゃなくてほとんど全部日本語でするのです。パキスタン人がパキスタン人のイマームを連れてきてウルドゥー語でジュマする・・インドネシア人がインドネシア語で・・・スリランカ人がタミル語で・・・そうやっていると結局、パキスタンモスク、インドネシアモスク、スリランカモスクができるだけで、イスラムが民族宗教で終わってしまう。イスラムは普遍的な世界宗教です。ここは日本ですから、モスクに来ている人、みんながわかる言葉でするべき。日本に住んでいる以上、何人だって日本語で生活しているのですからそれが公平です。別に日本語じゃなくても英語だってフランス語だっていいです。とにかく、パキスタン人もトルコ人も、スリランカ人もみんなが分かる言葉でするべき。これもウンマが分裂する一因です。」
この投稿に対しておおよそ返事は否定的な意見が多かったと思います。しかしそのアフリカ出身の某ムスリマ様が提起された問題はまさに先月の投稿で私が提起した問題と同じです。まさにそのとおりのことが問題となって生じてきている。日本語でイスラムを説明できる人がいない。でもこの事を外国人のムスリムに説いてもあまり賛同は得られないのが実感できました。彼らの言い分は現状、日本語の流暢なムスリムは少ないので、その場にいる人の分かる言語すなわち、ウルドゥー語やインドネシア語でジュマをすれば十分で、日本語でそれを行う必要はないというような意見が主流です。しかし世界のどこに、その国にあってその国の言葉を使わない宗教があるでしょうか?それは異常とまでは言えなくても少なくとも通常のことだとは思えません。
ドイツ人やフランス人のイマームと話したことがあります。実はドイツやフランスのイスラム社会でさえ、日本と同じでドイツ人やフランス人のムスリムは多くは無いそうです。日本同様、ドイツやフランスのイスラム社会もムスリムは移民か移民の子孫が大半である。しかし日本と違うのは、ドイツではドイツ語で、フランスではフランス語でジュマなどは行われる。ドイツなんだからフランスなんだから当然である。
日本人の大半がイスラムは自分とは関係ない宗教だと思っている。しかし本当に残念なのは実は、日本人自身だけでなく、パキスタン人やインドネシア人も、「日本人はイスラムとは関係の無い人種だ」とこれまで思ってきたのだと思うのです。それも日本に住んでいるパキスタン人やインドネシア人が。その証拠に、日本人に、日本語でイスラムを伝えるという努力がこれまでほとんどなされてこなかった。しかしそうでないということがその信仰深きアフリカ人のムスリマ様の意見によっても証明されている。今、日本人の間ではまるで砂漠の中でオアシスを求めるかのようにイスラムに対して激しい知識の欲求が生じている。それをこれまでは、日本人は、カーフィルの宗教学者の書いた本で不確かな情報からしか得られないでいた。でもその時代はもう終わった。日本人にイスラムの真理が伝えられる時がついに来たのです。私もがんばりたい。

タイトル現実を見て 一歩一歩
記事No1094
投稿日: 2008/11/26(Wed) 13:23
投稿者あぶ管理人   <akira_hamanaka@yahoo.co.jp>
ドイツ、イギリス、フランスと日本を比較しても、同じ状況ではないことを知っておかなければならないと思います。彼らは移民としてその地に多数くらしその国の言葉を使って生きており、数の上でも多く、社会も形成しています。フランスのアラブ人など、フランス語しかできないものも多いようです。日本に在留している外国人とは状況が違います。

日本語でのCD教材作成は現実的で即対応すべきものだと思いますが、マスジドの日本語化は方向性を示しただけで、現実を見て外国人の協力を得ながら進めていかなければならないものです。以前、日本語の説教のテーマでのお話してたですね。かすかに記憶ありますが、MEMONさんが外国語でなくてどうするか、というような発言だったでしょうか?私も今現在はそうあるべきだと思います。
ただ、日本語化をしていくのに、協力をしたいという日本人男性ムスリムが次々現れることはいいことで、それが第一歩を踏み出す最低条件でもあります。

数年前このネット上の日本人数名でスタッフを構成し、日亜対訳クルアーンのCDROMを作成したものです。
http://islam.hp.infoseek.co.jp/quranjp.htm
そのときの様子は、このページに触れております。1年がかりだったんですね。副産物として、この時の日本語添削結果は現在の日本ムスリム協会版の日亜対訳クルアーンに生かされています。

この時のように、日本人が集まり説教集の作成などを進めていかなければいけません。さらに、人材を養成して、日本語で説教が可能なマスジドで試してみなければなりません。または、別の手法として、イマームの説教を日本語で通訳するという作業があります。しかし、それには通訳という特別な能力が必要となります。

ところで、ある時期Aさんが某マスジドでイマームの説教を日本語に通訳していました。Aさんはアラブに留学し、充分能力を備えた人なので、通訳であれ、説教であれこなす人ですが、そういう人材はほとんど存在しません。
その説教の模様はこのホームページの金曜日説教集をご覧になってください。
http://www58.tok2.com/home/khutbah/

さて、話を元に戻しましょう。非アラブであるマレーシアの状況はというと、イマームをしている人がアラブ留学経験者ということはありません。地域の人が、宗教事務所から配布される説教文を読んでいるというケースが多いようです。
それに習えば、説教作成スタッフが毎週説教を書き上げ、ネットに流し、それを各マスジドで読み上げれば実現するのです。そのためには、説教作成チームの結成と、読み上げる人もそれなりの知識と能力が必要となり、その養成もしなくてはなりません。さらに、その説教を聴く礼拝参加者として、日本人が多数マスジドに足を運ぶように働きかけなくてはいけないでしょう。
そういう状況になればマスジド側も日本語での説教に協力してくれることでしょう。

この日本語化は遠大な計画です。ただ、協力する人が多数あつまり、心を一つにして取り組めば、近い将来実現可能かもしれません。日本に居る外国人たちは、日本人サイドがそういう動きを始めれば、協力を惜しまないと思います。

ざっと私の思うことを第1弾として書いてみました。

途中参加さんががんばりたいと言うのなら、一緒に協力してもらいます。

タイトルあるイードにて 母国語の大切さ
記事No1095
投稿日: 2008/11/26(Wed) 14:25
投稿者あぶ管理人   <akira_hamanaka@yahoo.co.jp>
新居浜では、マスジドに常に居て地域のインドネシア人ムスリムをまとめていたイマームT君が国に帰り、今は私一人の運営となっている。
最近ではイードとなると大多数を占めるインドネシア人の寮の前の広場で礼拝をするのだが、今年のイードでは母国語の大切さを知らされた。

普段は、私もインドネシア語で会話したり、勉強会ではインドネシア人がインドネシア語で進めたり、私がしゃべったことをインドネシア語へ同時通訳をして進めることもあった。
今年のイードでは、通訳もおらず、とにかく私の説教となった。私が何語で話すのか、みんなの視線が私に注がれた。私が発した言葉は日本語だった。
 彼らの目が「わからない言葉を20分も30分も聴かされるのはたまりません。」と語っているようだった。私は手を上げ、「簡単にしゃべるから」と言って、ほとんどアラビア語のドアーに切り替えて、終わらせた。私とすれば参加者の中のわずかな日本人のためだけに語りたかったのであったが、彼らの目を見て方針変更となった。
 わずか5分か10分の説教が終わった後、インドネシア人男性陣に目をやると、原稿を用意している者がいた。それで、その者に、しゃべるように言った。彼はとても雄弁で、じょじょにインドネシア人女性からすすり泣きがもれてきた。祖国を離れ過ごすイードに、家族を思い流す涙だった。
 「準備してるんだったら最初ッから言えよ」
もう少ししっかり打ち合わせしておくべきたっだ。日本人へは、食事食べながらでもマンツーマンで伝えることができたのだ。

これが現実だ。これも頭に入れて、日本語化を考えなくては。

タイトルRe: あるイードにて 母国語の大切さ
記事No1101
投稿日: 2008/11/27(Thu) 18:01
投稿者シュクリ
 
 日本語を母国語とする者にとっては、日亜対訳クルアーンをもってイスラム理解を開始する方法が有り難い限りです。
 わたしたち日本人は知識としての理解から入りたがる傾向が強いように思いますので、実践と並行して学習はたいへん大切だと思います。
 習得は1日や1年ではできませんので、継続が必要です。言い訳は弱者には一層簡単で、時間がない、学習できる環境でないなどなど。
 日々、経済的にも、時間の面でも、イスラム環境の不備などの諸要因から、一歩を踏み出せない方には、日亜対訳クルアーンは有効な教材で、特に解説を読んでみて、はじめて理解・納得ができます。

タイトルRe: あるイードにて 母国語の大切さ
記事No1106
投稿日: 2008/11/28(Fri) 19:23
投稿者途中参加ムスリム   <assalaamalaikum@yahoo.co.jp>
アッサラ−ムアライクム
まだ日本語の得意なムスリムが少ないという現実と、いずれは日本語でイスラムが行われていくという理想が少しでも縮まっていけばいいかと思っています。
でも今年のその新居浜のイードはもったいない事でしたね。せっかく日本語で説教が行われるというよいチャンスだったのに。それには申し訳ないけど、その話を聞いてインドネシア人にクレームを言わずにはいられません。イスラムはインドネシア人の民族宗教ですか?と。インドネシア人って結構ヒンドゥー教徒もいますよね。それに対して、何を言っているかわからないので日本語で説教してという資格はないし、インドネシア人も言われる筋合いはない。なぜならヒンドゥー教は民族の宗教ですから。ヒンドゥー教徒が何語でしているのかは知りませんが、彼らの民族の宗教ですから彼らの言葉だけで良い。どこの国へ行っても。
しかしイスラムは違う。日本人にだって、あるいは日本に住んでいる他の国の民族の信者だっているんだから、ひとつの民族だけがわかる言葉でやるのは不公平だし、それに対しては抗議する資格もあります。それならアラビア語だけでやる方がまだ公平です。
またここはイマームである、あぶ様の威厳の見せどころでもあると思います。5時間も6時間も話すわけじゃないんだから、20分30分ぐらい、少々分からなくても我慢して聞きなさいと。
私も小さい子がいますから、親や大人の話をめんどくさがって聞かないことがありますが、我慢しなさいと言えば我慢して聞く。そうすればいい。
あるいはその場にはパキスタン人はいなかったのですか?バングラデシュ人は?トルコ人は?他の国の人がいてもインドネシア語だけでするのでしょうか?そんな涙を流してしまうほどいい話なのにインドネシア人にしか分からないなんてもったいなくありませんか?日本語でやれば、みんなが少しずつ分からなくても、みんなが少しずつは分かる。日本に住んでいるのですから。これが世界宗教。インドネシア語だけでやるのは民族宗教。
あるいは嫌そうに見えただけかもしれません。インドネシア人だって、ここは日本。壇上に上がったのも日本人。だったら日本語で話すだろうと普通思う。思うのが普通です。日本人が嫌いならはじめから日本には来ない。日本人が少しは好きだから他の国ではなく日本に来たはずです。その日本人が日本語で説教をしたら、きっとみんな感心するんじゃないでしょうか?日本も進んだなと。
すばらしい経験だと思います。来年もぜひ日本語で行ってください。

タイトルRe^2: あるイードにて 母国語の大切さ
記事No1111
投稿日: 2008/11/30(Sun) 15:01
投稿者あぶ管理人   <akira_hamanaka@yahoo.co.jp>
途中参加さんはどちらのマスジドに通っていますか?
まずは日本人がマスジドに通っていなければ、日本語でフトバしても意味がありません。
日本人男性の意識改革こそがまず必要なことだと思います。
言うだけはなく実践していかなければ、日本語フトバの時代はなかなかやってきません。

また、マスジドによって状況は違います。
マスジドのイマーム、運営者ないし、地域指導者が、どうすべきか一番知っています。日本人には気を使ってているようです。一人でも多くの日本人がそういうメンバーの中に加わり、運営することを期待します。何もせずに理想ばかりいってもいけません。

私が今ここで途中参加さんはじめムスリム男性に望むことは、とにかく最寄のマスジドにいつも顔を出し、それぞれのマスジドの情報を伝えるくらいになってもらいたいものです。つぎにマスジドの運営スタッフに加わってほしいのです。それが、日本語化プログラムの第1歩です。

タイトルRe^3: あるイードにて 母国語の大切さ
記事No1119
投稿日: 2008/12/04(Thu) 13:44
投稿者途中参加ムスリム   <assalaamalaikum@yahoo.co.jp>
私の言い方に不足があり、誤解が生じました。
日本語にこだわっているわけではなく、みんながわかる言葉でするべきと言うことです。混乱が生じないように、モスクに日本人がいるかいないかはとりあえず置いておきます。いないという前提でもいいです。
たとえば、中部地方のイードにはサウジアラビアからイマーム殿が来られてフトワしますが、このとき使われる言葉はアラビア語の単語をいっぱい織り交ぜた英語です。ここに来るのはパキスタン人もいればインドネシア人もいますし、アフリカ人もいます。英語が一番、みんなが分かるであろう言葉だからです。
みんなが分かる言葉だというのなら日本語とは言わず、英語でもフランス語でもエスペラント語でもいいです。一番いいのはアラビア語であることは言うまでもありません。
私がひとつ、あぶ様の投稿を呼んでものすごく納得のいかなかった点が一点あります。日本語というよく分からない言葉でフトワが始まるということで、インドネシア人たちが不満そうな顔をしていた・・・それは人間として、ムスリムとして絶対にしてはいけない事です。
日本語だからまだいいです。それが、たとえばパキスタン人のイマームがウルドゥー語でフトワをしたとして、多分インドネシア人はウルドゥー語を日本語以上に理解できないでしょう。そこでまたつまらない顔をしたらどうなるでしょう?次にインドネシア人がフトワした時にパキスタン人たちが報復で、つまらない顔をするかもしれません。そこでウンマの分裂が開始します。それじゃ何言っているか分からないからインドネシア語だけをしゃべる人のモスクを作ろう。パキスタン人だけのモスクを作ろうといった動きになるかもしれません。で結果的に岐阜のようにトルコ人だけがモスクを作ってそこではトルコの暦のみを採用しウンマと別々に、イスラムが民族宗教化していく原因になります。たとえ、理解できない言葉でもイマームが前に来たらまじめに聞くべきです。僕だって日本人ですから、はっきり言ってインドネシア語もウルドゥー語も、タミル語も分かりませんが、つまらない顔はしません。何語で話していてもキターブという単語が聞こえたら本のことだろうな。ドゥンヤーという単語が聞こえたら世界のことだろうなとか想想像して聞いています。
新居浜はインドネシア人しかいないのでしょうか?あるいはインドネシア語でしかしないから他の国の人が来ないということではありませんか?もし日本語ですれば、他の国から来ている人にも平等にフトワができるかもしれません。みんな少しは日本語が分かるのですから。そしてそれは英語でもアラビア語でもいいです。
名古屋モスクのイマーム様はパキスタン人ですがこの方は日本語をしゃべるのが好きな方でよく、日本語で話していますよ、前にいるのがパキスタン人だけでも。
日本人がいるかいないかより、ここがどこの国かを考えるべきです。

タイトルRe^4: あるイードにて 母国語の大切さ
記事No1121
投稿日: 2008/12/05(Fri) 09:44
投稿者あぶ管理人
途中参加さんが、各務原マスジドや名古屋マスジドの様子を知っているようなので安心しました。両マスジドに足しげく通ってください。そのように期待します。私は両マスジドには2、3年に1回くらいは顔を出しますので、そこに途中参加さんがいれば、イマームも交えて話ができると思います。

マスジドによって状況は違い、マスジドのイマームや地域指導者がその状況を一番知っていますと、書きましたね。新居浜地域の状況は私が一番よく知っており、私の下す決定は的を得ているものだと思っております。
もちろん、その他の地域のマスジドも同様でそれぞれ状況が違うものです。

フトバが英語か、アラビア語か、日本語か、そんなことは各マスジドの運営スタッフが最善の選択をしてくれます。その中に日本人がはいっているのかどうか、礼拝参加者にどのくらい多く日本人がいるかで、イベントの内容も変わってくるものです。
少なくともいえることは、どの地域、どのマスジドでも、よりよいムスリム社会を作れるように努力していることです。

マスジドのやり方に注文をつけるのもいいでしょうが、それよりは、日本人自身が変わらないといけないと私は思っています。

タイトルRe^2: あるイードにて 母国語の大切さ
記事No1112
投稿日: 2008/11/30(Sun) 17:17
投稿者あぶ管理人
> でも今年のその新居浜のイードはもったいない事でしたね。せっかく日本語で説教が行われるというよいチャンスだったのに。
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この部分のコメントをしていませんでした。

『今年』だけではなく、もう20年以上前から日本語でフトバをしていますから、『もったいない事』ではありません。